2017年9月8日、現代ポップアイコンを代表する一人であるLady Gagaさんが突然の活動休止を表明しました。線維筋痛症による耐え難い痛みが、その理由とされています。実際に先日のリオ・デ・ジャネイロでは、痛みの為に緊急入院し公演中止を余儀なくされたようです。
この線維筋痛症という病気の知名度は、それほど高いとは言えないでしょう。しかし、この病気に苦しむ人は知られているよりずっと多いようです。アメリカでの線維筋痛症の有病率は2%とされており、厚生労働省が 2004年と2011年に行った調査でも、ほぼ同様の結果になっています。つまり、少なく見積もっても、日本には百万人以上の患者さんが存在する計算になります。
線維筋痛症の症状としては、他で説明のつかない全身の痛みやこわばり、疲労感、不安、抑うつ、睡眠障害などが挙げられます。その他にも以下のような多彩な症状を呈します。
この病気に関して、疼痛緩和の専門家である富永喜代先生は以下のように説明しています。
線維筋痛症は、原因不明の全身の痛みの病気です。全身の痛みは天候やストレスなどの影響を受け、不眠やうつ病などを併発する難病です。線維筋痛症は、寒暖差やストレス、台風など、日常の小さな変化にも痛み神経が反応し、日本でも、約200万人の方が悩んでいます。 秋になり冷たい雨が降るだけでも、線維筋痛症の方の場合、だるさや膝、肩、全身に痛みを感じることがあります。なぜなら線維筋痛症の場合、気圧や気温の変化にも神経が敏感になっているからです。 雨が降ると気圧が変化しますよね。低気圧による気圧の変化は内耳の気圧受容器を刺激します。さらに冷たい雨なら、皮膚や中枢の冷受容器が反応します。これらの反応は脳の自律神経中枢を刺激し、交感神経の活動を賦活します。すると、交感神経の興奮によって副腎髄質からアドレナリンが分泌されます。そして交感神経終末からは、ノルアドレナリンが分泌されます。ノルアドレナリンは全身の血管を収縮し、マクロファージ大食細胞を活性化して局所の炎症反応に関係するヒスチジンや IL-1(インターロイキン-1)などを分泌します。これらの反応は痛覚神経の活動を活発化し、痛みを感じやすくさせます。さらに気温の低下は冷感覚神経の活動を活発化しますから、痛覚神経の活動とあいまって、脊髄神経の興奮を高めます。その結果、冷たい雨が降るだけでも痛みを感じやすくなります。 このように線維筋痛症の場合、「こんなことで痛みを感じるの?」と思われる反応ポイントがたくさんあるため、なかなか他者に理解してもらえないという二重の辛さがあります。ですから線維筋痛症は内服治療だけでは痛みのコントロールが難しい方も多く、内服治療、ブロック注射治療、運動療法、認知行動療法、東洋医学など、多角的アプローチによる治療が必要です。線維筋痛症を治療するには、痛みに悩む皆様に何気ない日常の幸せが届くよう、その人の症状にあった治療方法を考えながら診察することが大切なのです。
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このように、様々な神経伝達物質の関与により、痛みを感じる閾値の低下が起きているようですが、何故このような事態が生じるのか、そのあたりはよくわかっていません。しかし生活環境やストレスが影響を与えていることは間違いないようです。ホロコーストの経験者に線維筋痛症の発症率が高いことや、いじめや死別などのストレスが発症の誘因になることがこれまでの研究で知られています。
線維筋痛症とは、ストレスフルな現代社会の映し鏡のような疾患なのかもしれません。
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線維筋痛症に関して、先日、来日公演を行なったイーサン・ルッソ博士は非常に興味深いアイデアを提唱されています。線維筋痛症にはエンドカンナビノイドシステムの機能不全が関係しているのではないかと言うのです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5576607/#!po=38.3721
エンドカンナビノイドシステムについては基礎情報を参照頂ければ幸いですが、その体内での役割を一言で言うならホメオスタシスの維持です。何らかの原因により、このバランスが乱れることで、神経伝達物質の過剰と続発性の疼痛に繋がるのではないか? というのがこの仮説です。
アナンダミドや 2-AG などのエンドカンナビノイドの存在は、確固としたものとして科学的に証明されています。しかし、その機能不全が関与する病態に関しては、未だ定説はありません。その他の神経伝達物質においては、ドーパミンが足りない病気としてパーキンソン病が存在し、アセチルコリンの低下した病態として、アルツハイマー病が存在します。うつ病でセロトニンが低下しているというのもよく知られた事実です。理論的に考えると、エンドカンナビノイドが不足した状態というのも存在するはずですし、それは何らかの症状として現れるのではないか? と考えるのは自然でしょう。このエンドカンナビノイド不全によって引き起こされる疾患の代表格が、過敏性腸症候群であり、偏頭痛でありそして繊維筋痛症のであるというのです。(実際にこの三つの疾患は多くの場合、オーバーラップしています)
仮に線維筋痛症のメカニズムに、エンドカンナビノイドの不足が関係しているとすれば、最も妥当な治療法はカンナビノイドを外部から補充してあげることです。実際に、パーキンソン病への L-Dopa やアルツハイマー型認知症へのアリセプト、うつ病に対する SSRI などは全て、足りないものを補充する治療です。
残念ながら、線維筋痛症に対する医療大麻のランダム化比較試験は未だ行われていませんが、少なくともその効果に期待できるだけの研究結果が報告されています。
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一つ目は、2011年にバルセロナの Jimena Fiz らによって発表された論文です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3080871/#!po=19.4444
この研究は、専門用語では横断研究というデザインに分類されます。公募によって集まった線維筋痛症の患者を、カンナビスを利用している患者群と利用していない患者群に分け比較しました。この研究ではカンナビスを使用している患者 28人と、使用していない患者 28人から回答が得られました。カンナビスを使用している患者さんには、どれくらいの頻度で使用するか、どのように摂取するか(喫煙 or 経口摂取)、使用した効果や副作用に関して質問しました。
カンナビスが病気のそれぞれの症状に対して、効果があるかどうか? という質問への回答をまとめたのが以下の表です。
黒いバーが「とても効果がある」と答えた人の数、グレーのバーが「そこそこの効果がある」と答えた人の数、白いバーが「効果がない」と答えた人の数です。症状に関しては、左から順に「痛み」「睡眠障害」「こわばり」「抑うつ」「不安」「頭痛」「倦怠感」「起床時の倦怠感」「消化器症状」となっています。
ご覧の通り、「痛み」「睡眠障害」「こわばり」「抑うつ」「不安」に関しては大多数の患者さんが、とても効果があると回答しています。
次の表は、カンナビスの喫煙前と二時間後で症状がどのように変化するかを自己評価した結果です。
グレーのバーが使用前、黒のバーが使用二時間後です。評価項目は左から順に、痛み、こわばり、リラックス度、眠気、健やかさ、の5項目となっています。
ここでも、痛みとこわばりは改善し、リラックスして眠気を感じ、全体的な健やかさは向上していることがわかります。
副作用に関しては、96%の患者が何らかの副作用を感じていました。頻繁に認められたのは、眠気、口渇、倦怠感、めまい、頻脈、血圧低下、高揚感(ハイ)、目のかゆみなどでした。深刻な副作用を報告した人はいませんでした。また、QOL(生活の質)を評価する FS-36 質問票でのスコアを、カンナビス使用者群と非使用者群で比較すると、カンナビスユーザーの方が有意に QOL が高いというアンケート結果でした(29.6 vs 24.9)。
注意すべき点として、この研究には、患者の偏りという問題点があります。ここで「カンナビスユーザー」としてアンケートに答えた患者さん達は、全員が「カンナビスの効果を実感したから使用を継続している人」であり、「大麻を使用してみたけれどあんまり効かなかった人」は含まれていません。しかし少なくとも、一部の線維筋痛症患者さんには医療大麻が有効であることが、この結果から推測されます。
もう一つ、別の調査結果を御紹介します。
2014年にアメリカの National Pain Foundation によって行われた線維筋痛症患者 1300人に対するインターネットアンケートの結果です。
http://nationalpainreport.com/marijuana-rated-most-effective-for-treating-fibromyalgia-8823638.html
現在、FDA(注:食品医薬品局。日本の厚労省にあたる)が正式に認可している線維筋痛症の治療薬は、プレガバリン(リリカ)、デュロキセチン(サインバルタ)、ミルナシプラン(トレドミン)の3種類。患者さんは、それぞれの治療薬とカンナビスのうち、自分が使用経験があるものに対して、とても有効、そこそこ有効、無効の評価を行いました。結果は以下の通りです。
緑がとても有効、黄がそこそこ有効、赤が無効です。左から順に、サインバルタ、トレドミン、リリカ、そして大麻の順に並んでいます。この結果だけをみれば、大麻の圧勝と言わざるを得ないでしょう。リリカの使用経験者の 61%がリリカは無効と感じています。とても有効だと答えた人は10%に過ぎません。一方で、大麻使用経験者の62%が、大麻がとても有効だと感じており、無効だったと回答したのは 5%に過ぎないのです。
これも任意回答の調査である以上、大麻に対して好意的な患者群が選択的に回答している可能性は否定はできませんが、少なくともこの試験結果をみれば、リリカ vs 医療大麻の head to head 試験(ガチンコ対決の治験)の必要性は感じて頂けると思います。
このように、線維筋痛症の治療に関して、医療大麻が果たす役割への期待は非常に大きなものがあります。
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Lady Gaga さんのケースはどうだったのでしょうか?
アメリカのセレブリティで、カンナビスユーザーであることをカミングアウトしている方は多いのですが(日本で人気があるところでは、アーノルド・シュワルツネッガー、ジョニー・デップ、ブラッド・ピッドなど)Gagaさんも大麻の愛好家であることを、2013年のイギリスでのインタビューで告白しています。
その際にカンナビスを使用する理由として彼女が挙げたのは、股関節の痛みに対する鎮痛作用と、「大麻を吸っているときは、まだ無名だった 17歳の時の気持ちに戻れるから」ということであり、線維筋痛症への言及はありませんでした。(この時点では、線維筋痛症という診断は下されていない可能性もあります)
しかし、あまりの多量の使用から、一時は依存状態にあったと語っており、その後の People誌のインタビューでは、「今では寝る前に一服するだけで、楽しみの為に吸えるようになった。今後はマリファナなしでも創造性を発揮できることを証明したい」と語っています。
https://www.greenrushdaily.com/does-lady-gaga-smoke-weed/
世界中の注目を一身に浴び続ける、Lady Gagaとしてのライフスタイル。それをどれくらいのストレスと感じるかは人次第でしょうが、私の個人的な印象では、彼女のエンドカンナビノイドシステムは大きく乱れているような気がしてなりません。(彼女は他にもPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っており、これもルッソ博士がエンドカンナビノイド不全症候群の一つに挙げている疾患です。)
もしかすると、大量に常用していたカンナビスを減量したことと、今回の体調の悪化には関係があるかもしれません。いずれにせよ、おそらく今後どこかの時点で、彼女の線維筋痛症とカンナビスについてのインタビューが出てくるでしょう。
再び彼女の素晴らしいパフォーマンスが見られる日を、そして彼女の口から医療大麻について語られることを、私は楽しみにしています。
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