神経変性疾患の研究・治療の権威であるグレゴリー・カーター博士は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者の治療に積極的に医療大麻の使用を勧めていることで知られています。2017年8月14日、GREEN ZONE JAPAN は、カーター博士が勤める St. Luke’s Rehabilitation Institute(ワシントン州スポケーン)に博士を訪ね、お話を伺いました。
Gregory T. Carter, MD, MS
神経筋疾患を専門とするリハビリテーション医。
外科医だった父の影響で早くから医療を志し、イリノイ州シカゴにあるロヨラ大学シカゴ・ストリッチ校医学部卒業。親しい友人を ALS で亡くしたことをきっかけに、神経筋疾患の症状をやわらげる方法の研究を始める。カリフォルニア大学デービス校付属病院 物理療法・リハビリテーション科での研修医、またカリフォルニア大学デービス校の神経筋疾患特別研究員を経て、現在はワシントン州スポケーンにある St. Luke's Rehabilitation Institute の医局長。またワシントン大学で臨床学教授を勤めるほか、同大学の Muscular Dystrophy Association (MDA)/Amyotrophic Lateral Sclerosis (ALS) Center の共同ディレクターの一人。
GREEN ZONE JAPAN(以下 GZJ):今日は、博士が医療の現場にどのように医療大麻を取り入れていらっしゃるかを伺いたいと思います。ご存じかどうかわかりませんが、日本ではカナビスは非常に厳しく規制されていて、研究者が研究することさえ許されていません。
Gregory Carter 博士(以下 GC):そうなんですか。実は今から随分前、おそらく 10年以上前のことですが、日本のテレビ局のクルーが3〜4人来てインタビューされたことがありますよ。私の患者の家まで行って取材もしていました。年長の、パーキンソン病患者で、私がカナビスを勧めたと聞いて、若いカメラマンが感心していましたよ。その患者もカナビスがとても効いたと証言したわけですから。それから少しは状況が変わったかと思いましたけどね。
GZJ:今も患者は診察するんですか?
GC:今は病院運営に関係する仕事の割合が高いんですが、患者を診ることもあります。
GZJ:日本人は、「ワシントン州では医療大麻が合法だ」と聞くとすぐに、病院に行けば医師が医療大麻を処方してくれるものと考えがちですが、そうではないわけですよね?
GC:違います。合法なのは州法でのことで、連邦法では違法ですからね。「処方する」というのは、医者が、特定の薬剤のこれだけの用量をこういう方法で摂取しろと指定する、という意味ですから、アメリカで処方できるカンナビノイド製剤はマリノールだけです。マリノールは100% 合成THC で、スケジュール III に指定されている医薬品ですから、処方できるんです。医療大麻が合法だ、と言っても、それは患者が医療大麻を使っても逮捕されないという法的なプロテクションにすぎません。処方できるということとは大違いですよ。
GZJ:ネット上などで、あなたが患者を医療大麻で治療する、というふうに書かれているものがありますが、それは具体的にはどういう意味なんでしょう?
GC:私の専門は神経変性筋疾患です。たとえば ALS(筋萎縮性側索硬化症)ですね。ALS だけではないんですが、私の研究テーマは主に ALS です。
研究の中で、カナビスは、その症状を和らげるのに大変効果があることがわかったんです。それについて論文も書きましたが、実際に痛みをやわらげたり、筋肉の痙縮を抑えたり、唾液を減少させたり、気分を明るくしたり、食欲が出たり… 本当に色々な症状に具体的に効くんですよ。
さらに、症状緩和に加えて病気の進行自体を抑制する可能性もあります。ALS、少なくともモデルマウスでは、エンドカンナビノイドシステムにかなりの異常が見られます。エンドカンナビノイドシステムというのは体内の、カナビスが作用する経路のことです。私たちは体内で内因性カンナビノイドを産生します——エンドルフィンとオピオイドの関係に喩えるとわかりやすいかな。私たちの体は内因性エンドルフィンを分泌し、その働きは体外から摂取したオピオイド系の薬(訳注:モルヒネなど)で強まります。同じことがカナビスについても言えるのです。カナビスはエンドカンナビノイドシステムに作用し、その働きを強めます。
GZJ:あなたは研究者であり臨床医でもあるわけですね。あなたが患者に医療大麻利用を許可すると、患者はディスペンサリーに行って薬を買うわけですね。患者には、どういうものをどれくらい摂取するかについてのアドバイスはするんですか?
GC:その通りです。薬局では買えませんから、ディスペンサリー——今はショップと言うのかな——に行くわけです。ワシントン州では嗜好大麻も合法だから事情がちょっと複雑ですが。嗜好大麻が合法な州では誰でもショップに行って大麻を買うことができます。ただし医師の許可があれば、買える量が多いし税金が安くなります。
何を買うかのレコメンデーションはしますよ、できるだけ具体的にね。神経変性疾患、神経筋疾患の患者は主に、CBD と CBN が効くようですね。他にも効果のあるカンナビノイドはあると思いますが、THC は、嗜好大麻のユーザーほどは必要ないし、求められないようです。
GZJ:なるほど。でもやはり単一のカンナビノイドを使うのではなく、アントラージュ効果が大切だと思いますか?
GC:アントラージュ効果という言い方があるんですか、良い言い方だね。その通り、すべてのカンナビノイドはお互いに助け合ってより優れた効果を発揮するから、アントラージュ効果によってカンナビノイドの効能はより大きくなるわけです。単離されたカンナビノイド、たとえばマリノールは 100% THC で他のカンナビノイドは含んでいないわけですが、これは単なる強力な催眠鎮静薬ですよ。私はほとんどマリノールは処方しません、患者の要望があれば別ですが。マリノールは、特に年長の患者にはだるさを引き起こしますからね。ただ、病院内では医療大麻は摂取できませんから、入院患者でカンナビノイドが必要な場合はマリノールを処方することもあります。
医療大麻で THC を全く含まないものに確かな医療効果があるかどうかは、そういう研究をした人がいないのでまだわかりません。これはイーサン・ルッソ博士が詳しいけれど、イスラエルでは THC をまったく含まない大麻の品種が開発されているらしいですね。でも(THC をまったく含まないものに医療効果があるかどうかについての)研究報告はまだありません。ルッソ博士は、ある程度の THC は必要だと考えていることは知っています。私も彼に同意しますね。でも割合としては、たとえば THC が 5%、CBD が 20%、CBN が 20% とか、そういう感じじゃないかな。
GZJ:では、たとえば ALS の患者の場合、用量についてはどのようなアドバイスを?
GC:用量は簡単な問題じゃないんですよ。たとえば、症状を抑えるために使う場合があります——痛みをやわらげたり、筋痙縮を抑えたりね。でも私は、カナビスには実際に病気の進行を遅らせる可能性があると考えています。病気の進行を抑制する効果(Disease-modifying effect)ですね。そして、症状を緩和するための用量と、病気改善効果を得るための用量は違うわけです。もし私自身が ALS で、進行抑制効果を期待するならば、できるだけたくさんの CBD と CBN を、耐えられる限界まで摂取しますね。進行を遅らせられるかもしれない。
GZJ:病状を回復させる可能性はあるでしょうか?
GC:わかりません。そういう研究を提案したことはあるんですが、予算が降りませんでした。モデルマウスでは、数種のカンナビノイドを混合したものが、病気の発症を遅らせるというエビデンスがあります。ALS のモデルマウスというのは、ALSを発症させる遺伝子変異を人工的に組み込まれたマウスです。生後3ヶ月で ALS と同じ症状を発症する、とわかっているわけです。そういうマウスの平均寿命は通常のマウスの半分くらいなんですが、複数のカンナビノイドの混合物を与えると発症が遅れて寿命が伸びるんですよ。これについては複数の研究論文があります。
用量についての質問に戻りますが、症状の緩和のためだけだったら、用量は比較的少ないです。たとえば THC 5%、CBD 10%、CBN 10% のティンクチャーを3〜4滴、一日に4〜5回摂取すれば、症状は抑えられると思いますね。ただしそれでは進行抑制効果は期待できません。これを実証する研究論文はありませんが、進行抑制効果を期待するなら用量はかなり多くなると思います。
GZJ:人間を対象とした臨床試験は行われていないんですね?
GC:私の知る限りはありません。私は NIDA(国立薬物乱用研究所)にこれまで3回臨床試験実施の申請をしていますが許可が下りません。
GZJ:現在、サティベックスの第 III 相の治験が行われていますね。仮にサティベックスが認可されたら患者に処方しますか?
GC:もちろんしますよ。サティベックスはすでに他の国では認可されていますからね。正しい方向だと思いますよ。
GZJ:サティベックスは THC と CBD が 1:1 の割合で含まれていますね。
GC:そうです。その他にも、テルペノイドなども含まれています。テルペノイドは植物界・動物界に広く存在する化学物質で、エストロゲンもテルペノイドだし、植物に含まれるアルカロイドもテルペノイドの一種です。カンナビノイドではないが、テルペノイドにも医療効果のあるものがあるのです。これは新しい研究分野で、まだわからないことが多いのですが。
GZJ:あなたのアドバイスを持ってディスペンサリーに行った患者は、医療大麻を使った結果をあなたに報告するわけですか?
GC:そうです。新しい患者なら、普通2週間後くらいに経過を見ます。新患の場合、まずはスクリーニングをして医療大麻を使うのが適切かどうか判断します。チェック事項として重要なのは、過去に薬物乱用の経験があるかどうかです。それから、統合失調症などの精神疾患の病歴がないか。年齢も重要です。子供や未成年者には慎重になります。未成年者に使用を許可したことはありますが、必ず担当の小児科医の意見を聞きます。そしてそれは難治性の重病の場合です。それと実際問題として、過去に、嗜好目的ででも大麻を使用したことがあるかどうか。未体験なら、低い用量からゆっくり始めないといけません。そういう意味で、私はベポライザーを使うのがいいと思います。10分くらいで効果が現れますからね。少量摂取して 10分待って、期待する効果が得られればそこで止める。効果は3〜4時間で消えますから、再び摂取するわけです。経験のない人、特に年長者は、いわゆるハイになるのを嫌がる人もいますから、慎重にしないといけません。
GZJ:もしも日本から患者がアメリカに来たら診察していただけますか?
GC:もちろんですよ。今は病院の運営に関わる仕事が多いんですが、日本から患者さんがいらしたら光栄です(笑)。
GZJ:日本人は未経験の人ばかりですよ。
GC:問題は、しばらくはアメリカに滞在する必要があるということですね。正しく摂取しているかどうかチェックが必要ですし、診察して、医療大麻の使用許可だけ与えて、フォローアップをしないということはあり得ませんから。そこが問題になりますね。
GZJ:効果があるかどうかはどれくらいの期間でわかるのでしょう?
GC:おそらく2週間くらいでしょう。ただそれで効果があったとして、日本に戻ったら摂取を継続できないわけですから、諸刃の剣ですね。効果がある患者さんはたくさんいると思いますよ。でも時間とお金がかかることですから、日本にいる間に基本的なスクリーニングを行うべきでしょうね。
GZJ:ALS と MS(多発性硬化症)の他にはどんな病気に効果があるでしょうか?
GC:神経因性疼痛ですね。たとえば糖尿病性末梢神経障害は四肢の末端に痛みが出現することがあります。それから線維筋痛症(訳注:現在 レディー・ガガがこの病気で闘病中であることは先日の記事でお伝えしました)。神経変性疾患ではパーキンソン病にも効果があります。
GZJ:カンナビノイドの神経保護作用の機序は解明されているんですか?
GC:ある程度はね。カンナビノイドがフリーラジカル・スカベンジャー(捕捉剤)であることはわかっています。フリーラジカルの不対電子を捕捉するわけですね。神経変性疾患のほとんどでは、継続的に細胞の損傷やアポトーシスが起こります。細胞が損傷するとフリーラジカルができます。フリーラジカルは不安定で、他の細胞、たとえばタンパク質に付着する。するとその細胞は傷つき、最終的には死んでしまう。カンナビノイドはその不対電子を捕まえるんですよ。この、フリーラジカル・スカベンジャーであること——抗酸化作用と言ってもいいが——が神経保護作用の機序の一つです。
もう一つ、これはカンナビノイドシステム独特の性質で、逆行性伝達するんです。神経伝達物質は通常、シナプス前ニューロンから化学物質がシナプス後ニューロンに伝わるわけだけれども、エンドカンナビノイドシステムではそれが逆で、シナプス後ニューロンから上流に動いてシナプス前ニューロンに届く。そのことがシステムにどう影響するのか、正確なことはわかっていないはずですが、かなりはっきりしているのは、エンドカンナビノイドシステムというのはいわば神経におけるブレーキシステムだということ。どういうことかと言うと、中枢神経系の神経伝達物質には興奮性のものと抑制性ものがあって、いわば車のアクセルとブレーキのようなものですが、エンドカンナビノイドシステムはブレーキなんですね。たとえばマウスモデルで、マウスにグルタミン酸を大量に注入すると脳卒中を起こすことができるんですが、あらかじめカンナビノイドを飲ませておいてからグルタミン酸を与えると、飲ませなかったマウスと比べてはるかに良い機能回復を見せるという研究結果があるんです。これは神経保護作用の強力なエビデンスです。
ですからおそらくは、グルタミン酸の抑制と、これは定かではないが逆行性伝達、それにフリーラジカル・スキャベンジャーであることが神経保護に関係しているんでしょう。他にもまだ見つかっていない機序があるかもしれない。
GZJ:ちょっと話が戻りますが、医療大麻使用の許可を得た患者が自分に合った大麻を見つけるには誰に相談するんでしょう?
GC:もちろん、医師として私は患者の相談に乗りますよ。でも今ではネット上に情報があふれているし、それに信頼できるディスペンサリーには、研究者でも薬剤師でもないけれど、医療大麻について豊富な知識を持っているスタッフがいます。そういう人たちに自分の症状を説明すれば、アドバイスをもらえます。
GZJ:過去のデータもあるわけですね?
GC:そう、症例に基づくデータがね。人間は馬鹿じゃないからね。知っていると思いますが、カナビスは何千年もの昔から医療用に使われてきているんです。口づてに何がどう効くかが伝わっている。ある意味では、そのような伝統医療の継承者であるディスペンサリーのスタッフ達は、かなり具体的な事に詳しいと思いますね。
GZJ:医療大麻を治療に使うという選択肢のあるワシントン州の患者さんは幸運ですね。本日はお忙しいところどうもありがとうございました。
⚫︎ カーター博士がこれまでに執筆した多数の論文の中から、カンナビノイドの医療利用に関連したものをいくつかご紹介します。
– Cannabis: old medicine with new promise for neurological disorders (2002)
– Medicinal cannabis: rational guidelines for dosing (2004)
– Medical marijuana: emerging applications for the management of neurologic disorders (2004)
– Cannabis and amyotrophic lateral sclerosis: hypothetical and practical applications, and a call for clinical trials (2010)
– Cannabis in palliative medicine: improving care and reducing opioid-related morbidity (2011)
– Re-branding cannabis: the next generation of chronic pain medicine? (2015)
⚫︎ カーター博士の監修による、ワシントン大学医学部制作の、医療大麻による緩和医療についての教育ビデオです。医大生、医療従事者向けに作られており、CME(医学生涯教育)/ CPE(継続的専門研修)の単位を取得することができるプログラムです。
文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)
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