皆さんは、ジャパニーズヒップホップというジャンルに馴染みがありますか? 世間一般では、その認知度はまだまだ高いとは言えませんが、ここ数年で日本の Hip Hop シーンはブームと言うベき盛り上がりをみせています。その起爆剤となったのが、日本テレビ系列で深夜に放送されている「フリースタイルダンジョン」というテレビ番組です。挑戦者がモンスターと呼ばれるトップレベルのラッパーに MC バトルで挑む姿は、台本無しの即興ならではのドラマを生み、音楽だけでは食えないアーティストにとって飛躍のチャンスになっています。
この番組は、新年早々、別の形でその名前を知られることになりました。司会を務めるラッパーの UZI さんが 2018年 1月 15日、大麻取締法違反で逮捕されたのです。
UZI さんの自宅からは 600gの大麻草が押収されたそうです。個人消費用としては、かなりの量です。彼のキャリアや人間関係を考えると、UZI さんは年季の入った大麻ユーザーだったのでしょう。
2018年現在、大麻の所持は日本の法律では禁止されています。違法行為である以上、法的な処罰は免れないでしょう。ただ皆さんに少しだけ考えて頂きたいのです。
おそらく20年以上にわたって大麻を吸い続けている UZI さんは、大麻によって何か健康被害や社会的被害を引き起こしていたでしょうか? 私が知る限りにおいて、彼が番組の収録に穴を開けることはなかったように思います。また彼を知る多くのアーティストが、マスメディアや SNS を通じてコメントを発表していますが、そのほとんどが、UZIさんの人柄を肯定しています。そのことも、彼が大麻を使用しつつも社会的に問題となる素行はなかった証拠のように思えます。
そもそも、ある薬物を「違法薬物」として取り締まるのは何故なのでしょう?
① 社会に対する被害を予防するため(例:交通事故予防のための飲酒運転規制)もしくは
② 使用する個人の健康被害を予防するため ですね。
被害の予防が目的である以上、薬物政策の原則は、国際的に、「罰則による害(逮捕のダメージ)は、薬物での直接の害(健康被害、社会被害)を超えないこと」とされています。
日本で逮捕されることの社会的ダメージは火を見るより明らかです。それと比べて、大麻によってもたらされる健康被害とは、いったいどれほどのものなのでしょうか? 煙草の健康被害が年々注目されるにつれて、同じように喫煙という手段をとる大麻草も「なんとなく健康上よくないのだろうな」と思われがちです。しかし、その科学的な評価について日本で語られる機会はこれまで皆無でした。
今回これを機に、大麻の健康被害はどれほどのものなのか、科学的なデータを検証しようと思います。
まずは大麻の有害性に関して、日本政府の公式見解を確認してみましょう。厚生労働省のホームページには以下のように書かれています。
「大麻は吸引のための乾燥大麻や樹脂の形で売られています。最近では、大麻の種子を入手して大麻草を販売するという違反事案が増えています。また、インターネットでは、さまざまな隠語を使って売られています。
大麻を乱用すると、記憶や学習能力、知覚を変化させます。乱用を続けることにより、『無動機症候群』といって毎日ゴロゴロして何もやる気のない状態や、人格変容、大麻精神病等を引き起こし、社会生活に適応できなくなります。また、女性も男性も生殖器官に異常が起こります。(出典:薬物乱用防止啓発読本 パート29より)」
大学生でも知っていることですが、そもそも、健康被害について語る場合にはその科学的根拠を示す必要があります。このページの出典は、薬物乱用防止啓発読本 パート29となっています。この読本もまた厚労省自身が作成したものです。この冊子を確認してみましたが、編集責任者の名前もなければ、書かれている情報に関する出典の記載も一切ありません。
これは喩えるなら、新興宗教の教祖が「私の言っていることは正しい、なぜならこの経典に書いてあるからだ!」と自作の経典を高々と掲げるのと、ロジックとしては完全に同じです。
仮に科学的根拠があるなら、堂々と出典を明記するべきです。出典と責任者の記載がない時点で、厚労省の言い分は検証する価値すらないと言えます。
しかし私の目的は、大麻を盲目的に弁護することではありません。大麻の有害性がどれくらいのものなのか、客観的に評価することです。ここは百歩譲って、厚労省の言い分をいったんは正しいと仮定し、エビデンスに基づいて検証してみたいと思います。
上記のホームページの記載から、厚労省の見解では、大麻の健康被害は
⓪ 大麻の影響下での知覚の変容
① 学習能力、意欲への影響
② 長期の記憶、認知機能への影響
④ 精神機能への影響
⑤ 生殖機能への影響
に集約されるようです。この各々に関して、大麻が現在合法であるアルコールや煙草よりも有害度が高いかどうか? を検証しましょう。
さて、まず ⓪ 大麻の影響下で知覚が変容するのは事実です。多くのユーザーが、聴覚や視覚、味覚が鋭敏になると報告しています。しかし、まさにこの知覚の変化を求めてユーザーは大麻を使用するのであり、その変化はお酒の酩酊と同じく一時的なもので、健康被害には当たらないと考えられます。その他に、大麻で「ハイ」になっている間は、短期記憶や学習能力への影響が認められますが、同様の影響はアルコールや睡眠薬でも生じますので、大麻を取り締まる理由としては不十分と考えられます。
■大麻と生殖機能
⑤ 生殖機能異常に関しては、デンマークの研究で、週に1回以上大麻を使用する人では平均して精子の量が 30%少なかったというデータが示されています。(週に1回以下の頻度で使用するユーザーとノンユーザーでは違いはありませんでした。)
しかし、これはあくまでも精子の数の話であり、実際の妊娠機能に関しては評価されていません。精子の量が 30%少ないことがどれくらい妊娠機能に影響するのか私にはわかりませんが、念のため、不妊治療中の男性は、大麻の定期的な使用は避けた方がいいと言えるでしょう。しかし煙草も精子を減らすという研究結果がある以上、これも大麻を取り締まる理由としては不十分ではないかと思われます。
一方で、女性の生殖機能異常に関しては私が調べた範囲では明らかな科学的文献は認められませんでした。(見つけた方は教えてください。)
■大麻の学業成績への影響
次に ① 学習能力、意欲への影響について検証してみましょう。
これに関しても、これまでに科学的な調査が行われています。結果を先に言うと、大麻を吸う子供は吸わない子供より成績が悪いという「相関関係」はある、というのが一般的な認識です。しかしこれは、「大麻を吸うと成績が悪くなる」とイコールではありません。
どういうことか説明しましょう。皆さんが学生だったときに、授業中に体育館の裏で煙草を吸っている子はいませんでしたか?
彼らの成績はどうだったでしょうか? 中には成績のいい子もいたかもしれませんが、平均すると彼らの通知表は褒められたものではなかったはずです。このとき、喫煙と成績には「相関関係」があると言えます。
不良の成績がよくないのは煙草を吸うせいだと思いますか? そもそもの原因は、家庭の問題や貧困、いじめなどのグレるに至った環境の方であり、成績が悪いのも、煙草を吸うのも、その結果ではないでしょうか? 不良から煙草を取り上げれば成績の問題が解決するとは思えませんね? こういうのを、統計学的専門用語で交絡因子と言います。大麻と成績に関しても、同じ事が言えるのではないかと考えられています。この交絡因子の問題を考慮して行われた研究がありますのでご紹介します。
「中〜上流階級の未成年における、大麻使用と学業成績および精神衛生の関係性」と題され、2015年に Drug and Alchohol Dependence という雑誌に掲載されたこの論文は、アリゾナ州立大学に在籍する Meier MH 氏によって書かれています。(彼の業績を確認すると、大麻の青少年への有害性を指摘する論文がずらりと並んでいます。どうもこの方は、大麻の危険性に警鐘を鳴らすことを仕事にされているようです。)これまでも大麻の未成年への影響に関する研究論文は発表されていますが、さきほど指摘した社会環境の影響でのバイアスが排除しきれなかったため、この研究では、アメリカの「おぼっちゃま校」を対象に調査を行いました。ニューイングランド地方のこの学校では、親の平均年収が 125,381ドル、93%が白人とのことです。
研究では、ある生徒の集団を第 9学年(14/15歳)時と、第 12学年(18/19歳)まで 4年間追跡し、年に一回、一年間でどれくらいの量のお酒、タバコ、大麻を使用したかについて生徒にアンケートを行い、通知表とあわせて解析しました。
まず驚くべきは、お酒、タバコ、そして大麻の使用率です。調査が行われたのは 1998年であり、当時、大麻は違法薬物として取り締まられていました。しかも今回の調査対象となっているのは、アメリカの裕福な白人ばかりが通う学校です。そのようなエリート校において、なんと 62%の生徒が大麻の使用経験があったのです。ちなみにタバコの喫煙経験は 55%しかありません。月に 3回以上大麻を使用すると答えた割合は 7.5%で、月に 3回以上タバコを吸うと答えた 7.09%をここでも上回っています。
アメリカの進学校では、タバコより大麻の方が広く普及している——「大麻の健康被害はタバコよりも軽度である」と未成年の間で認識されているというのは、このあたりからも推し量ることができます。
それでは、注目の薬物使用と成績の関係に移りましょう。
筆者(正高)は統計の専門家ではないので、細かいことまではわかりませんが、これは得られたデータを回帰分析という手法で解析することで、薬物の利用と成績の関係を示しています。
この βという値がより低いほど、薬物の使用頻度と成績の悪化の間に、より強い関係があると言えます。
一番左端の表で大麻のところは、-0.18となっていますね。この値がマイナスということは、成績と大麻の使用は負の相関があるということです。ここでさらに注目してほしいのはタバコのところです。-0.29となっています。
つまり、このデータからは「どちらかというと、大麻よりも煙草の方が成績と強い相関がある」ことがわかるということです。
実際には、タバコを吸う生徒と大麻を吸う生徒、お酒を飲む生徒は重複するはずです。
そのような重なりの影響を排除した結果が一番右端で、
大麻:-0.06
酒 :-0.11
煙草:-0.13
となっています。酒や煙草との重なりを排除したところ、大麻の成績との相関は、-0.18 から -0.06と、三分の一に低下しています。この -0.06という値が、実際の通知表においてどれくらいの違いになるのか、私にはわかりません。ここから言えるのは「酒と煙草は共に、大麻の 2倍の相関関係がある」ということだけです。
論文の著者自身はこの結果に関して、「慢性の大麻使用の影響は、煙草とアルコールとの重複を調整した後は特に重大なものではなくなった」と述べています。最初に述べたように、この著者はその他の研究の傾向から見て、大麻を批判する立場に立っていると考えられます。そのような学者の研究成果を元に検証してもなお、「アルコールと煙草は反省文、大麻では退学」は、論理的に考えるとおかしいという結論にたどり着きます。
Part 2 に続く
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