2017年10月、アメリカで医療大麻についての啓蒙活動を行っている友人から、イーサン・ネーデルマンが明日から日本に行くんだけど、会ってみたら? という連絡をもらいました。イーサン・ネーデルマンと言えば、Drug Policy Alliance(ドラッグ・ポリシー・アライアンス) という組織を創設し、長年ディレクターを務め、アメリカでの大麻合法化に決定的な貢献をした重要人物。ジョージ・ソロス氏の慈善事業の基盤である非営利団体、オープン・ソサエティ財団の理事でもあり、Rolling Stone 誌は彼のことを「合法化の戦いで最も影響力のある男」と呼んでいます。恐る恐る連絡を取ってみると、2つ返事でインタビューに応じてくださいましたので、宿泊先ホテルでお話を伺いました。Part 2 です。 <Part 1 はこちらから> ※ イーサン・ネーデルマンの Ted Talk をこちらで観ることができます(日本語字幕付き)。
GZJ:日本で大麻が厳重に禁じられていることについてはどうお考えですか? 野蛮だと思われますか?
EN:みんなに言うんですが、私は日本という国のことはよく知りません。ただわかっているのは、日本は麻薬の取り締まりに非常に成功していて非合法薬物の使用率もとても低い、と日本人が考えていること。そしてそれは良いことだ、とね。その成功には2つの要因があるとされています。一つは、みなが幼い頃から、大麻や他の薬物は「悪」であり、誰も使ってはいけない、薬物使用は人の道に外れることだと教え込むこと。もう一つは、薬物を使えば必ず罰せられるということを明白にすること。一度だけは許されるかもしれないが、繰り返せば必ず捕まえるぞ、とね。
でもその一方で、大麻やメタンフェタミン(覚せい剤)を使用して逮捕される少数の人たちを厳罰に処すべきではないのではないかと考え始め、そうすることに良心の呵責やためらいを感じる、という傾向も生まれつつあります。先日ダルクに勤める人と話したら、刑務所に囚人の面会に行って看守と話すと、何かが間違っていると彼らは感じているんだそうです。大麻であれ、メタンフェタミンであれ、単に薬物の所持で人を監獄に入れるのは、どこかが間違っている気がする、それはそうした人たちを助けるどころか、むしろその人の人生により大きな害になっているのではないかと、ひそかに疑念を持っているんです。投獄は、彼らを懲らしめ、彼らの人生を改善させるのではなくますます悲惨なものにするだけではないのか、とね。
日本での麻薬政策是正における一番大きな障害は、日本では麻薬の取り締まりはうまくいっている、という認識です。それなのになぜそれを変える必要があるのか、というわけです。でも、女性受刑者の40%、若い女性では50%以上、男性受刑者の25%が麻薬取締法違反で服役しているという事実を考えてみてください。そのことに疑問を持っている人たちがいます。日本では、服役者の数を減らそうという立派な心がけがあるし、実際ここ数年、服役者の数は若干減少しています。厚生労働省や財務省よりも法務省が、私の言うことに少なくとも耳を傾ける用意があったということも興味深いです。
法務省の方々とのミーティング中、私の言うことを聞いて、ある方が、法学部にいたときのことを思い出したと言われたんです。犯罪の中には被害者が不在のものがあり、その行為によって直接被害を蒙る者がいないのにその行為を行った者の自由を剥奪するのは正しいことなのかという問いを思い出した、と。ですから少しは考えるきっかけになれたと思いますね。人は一般に、自分は人道的に生きていると思うものです。道徳的観点というものを持っている。麻薬撲滅戦争、そして、禁じられた薬物を所持した、あるいは使用したというだけの人を悪魔扱いし、非難し、汚名を着せてもかまわない、と考えるのは、自由社会に生きるとはどういうことであるか、という基本的な概念と相容れないのです。政府が国民の自由を奪っていいのは他者に危害を加えている場合だけだという考え方とね。でもほとんどの人は、この道義性の矛盾について考えようとはしません。日本での私の仕事はこうやって人に会って、考えてみてください、この矛盾がわかりませんか? と言うことなんですよ。
日本人は今でも、少量の大麻を所持することのほうが、人の顔を殴ったり性的暴行や盗みをはたらくことよりも重い罪だと思っている。信じられませんよ。アメリカでも1980年代初頭にはそういう時代がありましたから私にもそれはある程度理解できますが、日本人はこれまで一度もそのことを疑ってこなかった。不運なことだと思いますね。
GZJ:さて、最近ニューヨークの小規模なビール会社がカナダの医療大麻生産会社の株を買ったという話がありましたね。アンハイザー・ブッシュ(訳注:バドワイザーを生産するビール製造会社)などの大手も関心を持っていると聞きますが。
EN:もちろんです。ただ、連邦法で大麻が非合法である限り大手は参入しないでしょう。実際、州単位での合法化は進めながら連邦レベルでは非合法のままであることの利点の一つが、酒、タバコ、医薬品などの大企業が大麻業界を乗っ取るのを防げるという点です。多くの人がそれを心配しています——アメリカは特に資本主義が非常に発達していますし、企業に対する規制も緩いですからね。
とは言え連邦レベルで合法化されるのが理想だとは思います。私たちの組織は近年、大麻の合法化が社会的に公正な形で行われるようにすることに注力しています。その点で、昨年(訳注:2016年)カリフォルニアで可決された Prop 64 は画期的なものです。たとえば過去に麻薬取締法違反で有罪判決を受けたことがある人でも大麻製造や販売のライセンスを取得できるのはカリフォルニア州が初めてですし、最初の5年間は巨大な企業ができないように、製造と販売の両方のライセンスを取れないようにする条項もあります。大麻の税収の一部を低所得者層の支援に充てることも具体的に定めています。カリフォルニアは、大麻の合法化をどうやって社会的に公平で倫理にかなった形で実現するか、そのモデルを提示したと思います。アメリカの資本主義のもとでそれがどこまで成功するかは予想がしにくいですがね。
麻薬撲滅戦争を先頭に立って推進してきたアメリカが、今度は大麻の合法化運動を牽引しているというのはなんとも矛盾していますが、おかげでこれまで30年間肩身の狭い思いをしてきた私も、最近はアメリカを誇らしく思いますよ。
GZJ:世界各国の薬物取り締まりは、1961年に国連によって制定された「麻薬に関する単一条約」に準拠しているわけですが、これについてはどうでしょう。あなたの組織はこの条約の改正のための活動にも関与なさっていますか?
EN:しています。国連はこれまで2回、麻薬に関する総会を開いていて、1度目は 1998年、そして2度目が 2016年なんですが、2度とも私が国連総長あての公開書簡を書きました——最初はコフィ・アナン宛て、2016年はバン・ギムンあてにね。どちらも内容は基本的に、議論の場を作り、現在とは別のやり方を考えることを提案しています。1998年のものは慎重な言い方をしましたけどね。そして、元大統領、首相、ノーベル賞受賞者などに賛同の署名をしてもらったんです。
GZJ:拝見しました。錚々たるメンバーでしたね。
EN:1998年にそれをしたとき、それほどの要人たちが署名したということに人々は驚愕しましたよ。ウィーンにある国連薬物犯罪事務所の人たちは、バットで頭を殴られたような様子でした。2016年の書簡にはさらにすごい人たちが署名しましたが、インパクトという意味ではそれほど大きくありませんでした——もう各地で合法化が前進を見せていましたからね。こういうふうに、世間の論調をシフトさせるというのが私たちの役割の一つです。
国際条約に関しては、合法化活動家の間で、どういうアプローチが一番よいかについて健全な議論が行われています。私個人の意見を言えば、基本的には5つのアプローチがあると思います。そして、そのどれが一番重要かと議論するよりも、その5つのアプローチ全部を並行して追求し、どれが成功するかを見守ればいいと思うんです。
GZJ:その5つのアプローチというのは?
EN:まず1つめは、現在の条約を破棄して完全に別の薬物規制国際条約を作るというもの。WHOの「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」をモデルにしてもいいかもしれないが、これらの薬物は合法であるべきと認めるものです。でもそれは難しい。
2つめのやり方は、大麻やコカインを条約の対象薬物から除外させること。これもやはり難しい議論ではあるんですが、推し進めるべきです。
3つめは、ボリビアのエボ・モラレス大統領がコカインでとったアプローチです。国連の条約から脱退し、再度条約を批准し直したんですが、その際、コカインを禁止する条項については合意しなかったんです。良いやり方ですよ。カナダも大麻合法化にあたってはこのやり方を選ぶかもしれませんね。
4つめのアプローチは、オバマ政権の終わりの方にアメリカが認め始めたやり方ですが、この国際条約は実は柔軟な解釈が可能である、と主張するものです。2012年にワシントン州とコロラド州が大麻を合法化した後、2013年8月にホワイトハウスと司法省がこの2つの州に、合法化実施を条件付きで許可したということが非常に重要なんです。この2州にそれを許可したからにはウルグアイその他の外国に対してもそうせざるを得ませんからね。2014年には国務省で麻薬政策担当のブラウンフィールドが、「条約を改正するのはやめて、組織犯罪の取り締まりに注力しよう。ただしアメリカは今後、麻薬に関する単一条約の柔軟な解釈と麻薬規制に対する多様なアプローチを支持する」と発言したんです。これは国際条約に対してアメリカが 70年間とってきた態度を大きく変化させた重要な発言です。つまりこの、4つめのアプローチというのは、国際条約そのものに内在する柔軟性を最大限に利用する、というものなんです。
そして5つめのアプローチはウルグアイのやり方。ムヒカ大統領が国連の国際麻薬統制委員会(INCB)から、ウルグアイの大麻合法化は国際条約に違反している旨の通告を受け取ったとき、大統領は「INCBって何だ?」と言って通告書を捨ててしまった(笑)。つまり、国際条約を無視する、というやり方です。
私はこの5つのアプローチの間でどれが正しいかと言い争うより、全部のアプローチを推し進めるのが健全だと思っています。私の組織は長いことこの点についても活動していますし、組織から代表を国連総会に送りもしますが、私自身は出席したことはありません。
GZJ:あなたは Drug Policy Alliance の代表を退かれたわけですが、組織としては今後もこの問題に関与していかれますか?
EN:ええ。私の後任になった Maria McFarland Sánchez-Moreno は以前はヒューマン・ライツ・ウォッチに勤めていて、アメリカの担当をしていましたが、ペルー育ちなんです。スペイン語を話しますし、コロンビアに駐在していたこともあります。ですから、Drug Policy Alliance の活動はアメリカ国内の課題についてがほとんどではありますが、私の後任が私同様に国際的な視点を持っているのは幸運なことだと思います。
GZJ:大麻合法化について、日本にとって一番良いのはどういうやり方だと思いますか?
EN:まず、議論することですよね。課題は2つあると思います。一つは医療大麻の合法化。これに関しては、あなたたちがルッソ博士を招聘したように、エキスパートを日本に呼んで医療従事者に話をしてもらうことなどが役にたつと思います。がん専門医とかね。でももっと大切なのは、勇敢な患者が声を上げることだと思いますね。そしてそれをメディアに取り上げてもらう。ただ、大麻を医療目的で使用する人は重病の人が多いですからなかなか難しいですが。大麻を喫煙するのではなくて、ベポライザーやエディブル(訳注:カンナビノイドを経口摂取できる食品。チョコレート、キャンディ、クッキーその他さまざまな種類がある)を使うこともできることを周知させることも効果的でしょう。大麻に対する抵抗は、それと関連するカルチャーに対するネガティブなイメージが原因であることも多いですから。だからそのイメージが弱まれば医療大麻を受け入れやすくなるかもしれません。とにかく、大麻が実際に、すでにさまざまな国で——アメリカだけでなく、南米、ヨーロッパ、最近ではフィリピンでも——薬として認められているという事実をきちんとメディアを通して伝えることさえできればいいと思います。
もう一つの課題は大麻所持に対する刑罰の軽減を求めることです。刑罰による害は犯罪そのものによる害を上回ってはならないという原則に拠れば、大麻取締法の刑罰は厳しすぎます。あるいは、医師に求められるヒポクラテスの誓いというのがありますよね、「何よりも、患者に害をなしてはならない」というもの。これは政府も守るべき原則です。政府による麻薬政策はまず、害をなしてはならない。ですから、大麻所持で逮捕された人は、投獄され、自由を剥奪されるべきではないんです。
3つめの課題としてヘンプ栽培の合法化が挙げられると思います。大麻という植物の悪いイメージを払拭するのに役立ちますからね。ただしこの重要性はそれほど高くないと思いますが。
GZJ:なるほど。本日は貴重なお話をありがとうございました。
EN:こちらこそ、あなたがたの活動に感謝します。
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インタビューを終えて——
1996年のカリフォルニア州での医療大麻合法化に始まり、大麻合法化運動の激動の 20年間、運動全体を先頭に立って引っ張ってきたネーデルマン氏。まさに「最重要人物」でありながら、ご本人はいたって気さくなおじさまでした。日本では、運動家の間でさえ、たとえばジャック・ヘラーのような人ほどの認知度がないのは興味深いことです。プリンストン大学教授の経験があり、ジョージ・ソロス氏の私的アドバイザーを長年務めるなど、いわゆる「サブカルチャー」とは一線を画したところに氏の活動基盤があるからかもしれません。
ネーデルマン氏にとって大麻合法化は、より大きな薬物政策改正活動の一部にすぎませんが、実際に政治を動かすためには、彼の経験から学ぶことが果てしなくあると思いました。それにしても、ジョージ・ソロス氏のような大物投資家が大麻の合法化を支援してくれるというのは、なんとも羨ましい限りです。
文責:三木直子
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