2018年現在、欧米諸国を中心にカンナビス(大麻草)は、痛み、けいれん、食欲低下、吐き気、うつなどの様々な症状の緩和や、潰瘍性大腸炎や関節リウマチ、多発性硬化症などの自己免疫疾患の病勢のコントロール、またときには白血病や脳腫瘍などの難治性の悪性腫瘍の根治療法として、幅広く利用されています。
しかしその扱いは、多くの場合、代替医療としてであり、標準的な病院で、カンナビスやカンナビス由来の製剤が処方されることは一部の例外を除いてありませんでした。
その状況が今、エピディオレックス(Epidiolex)の登場によって変わりつつあります。
たとえば同じ品種のぶどうを同じ畑で育てていても、年毎の天候によって、味は変動します。だからこそ、ソムリエは味や色、香りからワインの銘柄や年数を当てることができるのです。
ワインであれば、その細かなばらつきは個性として歓迎されますが、医薬品に関してはそういう訳にはいきません。
ぶどうと同じく農作物であるカンナビスも、含有される成分のばらつきに悩まされてきました。20世紀初頭には鎮痛薬として使われていた大麻チンキが、アスピリンやモルヒネなどの精製化学薬品にその座を奪われた背景には、このばらつきによって、大麻チンキの効果が安定しなかったことがあるようです。
現在では、医療グレードの大麻草は倉庫の中で水分、栄養分、日照量を人工的に調整され育てられていますが、それでも成分量を化学薬品レベルのクオリティーに安定させるのはハードルが高いようです。
この問題に真正面から取り組んだのが、イギリスのGW製薬でした。
同社が開発したサティベックス(Sativex)は、天然大麻エキスとしては世界で初めて医薬品としての認可を得て、多発性硬化症の治療薬として世界30ヶ国で販売が許可されています。
そして、このGW製薬が開発した二つ目の大麻製剤がエピディオレックスです。
サティベックスが、THC と CBD を 1:1 で含む品種から作られた製剤であったのに対し、エピディオレックスは THC を含まない品種からできています。有効成分の大部分は CBD です。これはつまり、医薬品グレードのCBDオイル、と言うことができるでしょう。
エピディオレックスは、まず難治性てんかんのひとつであるドラべ症候群に対する臨床試験が行われ、有効であることが 2017年に論文として報告されています。
今回、レノックス・ガストー症候群という病気に対しての治験の結果が論文として発表されたので、紹介したいと思います。掲載されたのは再び、世界で最も権威ある医学誌である New England Journal of Medicine です。
人口10万人あたり20〜30人程度の患者さんがいると推定されます。
日本国内にも、二万人以上の患者さんがいる計算です。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/4889
生まれつきの脳奇形や出産前後の低酸素、頭の怪我や脳腫瘍など、様々な原因で、様々な種類のけいれん発作が幼い頃から持続します。発作はコントロールが難しいことが多く、度重なるけいれんによる脳へのダメージによって、患者さんの 80〜90%には知的障害が合併します。
今回の治験は、GW製薬の出資の下、アメリカ、フランス、イギリス、スペインの 4ヶ国、30施設の協力で実現しました。
対象となったのは、2歳から55歳のレノックス・ガストー症候群と診断され、かつ薬を内服しているにも関わらず、突然倒れるような大発作(脱力発作、強直発作、強直間代性発作)が週に2回以上起きている重症の患者さん達です。
治験に参加する患者さんは、まず新薬の内服の前に、一ヶ月間の観察期間を設け、その間の発作の回数を厳密に記録してもらいます。この一ヶ月間のけいれん回数が、治療効果を判定する際の指標になります。
その後、患者さんは ①プラセボ(偽薬)② CBD 10 mg/kg/day ③ CBD 20 mg/kg/day の三つのグループにランダムに割り振られ、服薬を開始します。(薬を処方するお医者さんも、それを飲む患者さんや家族も、自分が飲んでいるのが本物の薬なのか、薬効のない偽薬なのかはわからないようになっています。これは新薬を飲んでいることによる心理的な効果の影響を除いて、薬理学的な効果があるかどうかを評価するために、治験ではよく用いられる手法です。)
ここで、治験に参加した患者さんについて確認しておきましょう。
先ほど、2歳から55歳が参加したと言いましたが、患者さんの大多数は5歳から25歳までの子どもから若年成人でした。
患者さんは平均すると、過去に6種類の抗てんかん薬を試したことがあり、多い人だと20種類以上の薬を試しています。治験に参加した時点では、平均すると3種類の抗てんかん薬を内服していました。また薬以外にも、ケトン食治療を行なっている人が8%、迷走神経刺激法という、機械の埋め込み治療を行なっている人が 23%いました。つまり、この治験に参加した患者さんは、従来考えらえる治療は全て試していたと言えるでしょう。
最後に、表の一番下が、一ヶ月間のけいれん発作の回数になります。大発作が、平均して 80回(少ない人で 40回、多い人だと 190回)。小さな意識消失発作なども含めると、一ヶ月で 170回の発作が生じています(少ない人で 80回、多い人で 400回)。
このように難しい状況に対して、エピディオレックスは効果があったのでしょうか?
結果は目覚ましいものでした。
エピディオレックスを摂取した患者さんでは、大発作の回数が 10mg 群で37%、20mg 群では42%減少したのです。これはプラセボ群の 17%と比較して明らかに多く、CBDが単なる気休めではなく、薬理的に有効であることを示しています。
また全発作回数でも、エピディオレックス内服群では約 40%程度の発作減少が認められました。これはCBDが様々な種類のてんかん発作に対して有効である可能性を示唆しています。
次に示したのは、「大発作の回数が半分以下または 1/4 以下にまで減った患者の割合」の図です。
プラセボ群では 14%の患者で発作が半分以下に減ったのに対して、CBD投与群ではそれぞれ、36%と 39%の患者さんが発作の半減を達成しています。また 20mg 群のうち 5名(7%)10mg 群のうち 3名(4%)は維持量を服用している間は完全にけいれんが消失しました。
大麻もCBDも決して万能薬ではありません。しかし、この発作が完全に消失した患者さんや、その家族にとっては、エピディオレックスは奇跡の薬と言えるのではないでしょうか。
副作用に関してはどうだったのでしょうか? 経過中の有害事象を記録した一覧が以下の表になります。
(なお、有害事象と副作用は似て非なるものです。治験期間中は、たとえば風邪をひいて熱が出ても、有害事象としてカウントされます。そうやって記録された有害事象が新薬の副作用かどうかというのはプラセボを投与された患者さんに発生した有害事象と比較することで判断が可能となります。)
これまでの報告も参考に判断すると、エピディオレックスの副作用には、ぼーっとする(傾眠)、また食欲低下や下痢などの消化器症状が当てはまりそうです。また 20mg 内服群では患者さんの 9%に軽度の肝障害が認められました。
この結果やこれまでの報告から、どんなことが言えるでしょうか?
まず言えるのは、難治性てんかんに対するCBD製剤の有効性には目を見張るものがあるということです。
一般的には、難治性てんかんに対する処方は、種類を増やしたところで効果は頭打ちです。診療ガイドラインには、3剤目の併用で発作が抑制されるのは 3%と記載されています。
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/epgl/sinkei_epgl_2010_06.pdf
そのような状況の患者さんを対象に行われたこの治験の結果は、素晴らしいものでした。既に報告されたドラべ症候群に対する治験の結果をあわせて考えると、CBD製剤は様々な難治性てんかんの、様々な発作型に対して有効である可能性が考えられます。
また今回の試験では、成人患者さんも含まれました。このことから、CBDは子供のみならず、成人のてんかんにも有効である可能性が高まりました。
また今回は、体重あたり 10mg という比較的少量の内服でも有効性が確認されました。このことは副作用の予防や経済的負担の面から非常に重要だと思われます。今後、ドラべ症候群とレノックス・ガストー症候群以外のてんかんへの使用、また第一選択薬としての使用の可能性も充分に見込まれるでしょう。
話はそれだけでは終わりません。
このエピディオレックスの開発に携わっていたイーサン・ルッソ博士と話をした際に、彼は興味深いことを言いました。
「我々はエピディオレックスからTHCを完全に取り除いた。しかし、今となっては小量のTHCを含ませておいた方がよかったと思っている」
博士はてんかんに関して、THC を含む製剤の方がより効果が高いと考えているようでした。それは、私がカリフォルニアでお会いしたジェフェリー先生も同じ意見でした。小児のてんかん発作が CBD だけで治らないとき、彼は THC の含まれたレジメンを勧めるそうです。
大麻草には科学的検証が及んでいない可能性が、まだありそうです。
強心薬のジギタリス。抗がん剤のパクリタキセル。鎮痛薬のモルヒネ。
現在、病院で処方される薬剤の多くは、植物からできています。その棚に、カンナビス由来のエピディオレックスが、長い冬の時期を経て、ようやく戻ってくることになりました。
この国でもカンナビスが薬局に並ぶ日がやってくることを私は願っています。
2018年6月25日、エピディオレックスは、アメリカ食品医薬品局(FDA)により、正式に医薬品としての承認を受けました(https://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm611046.htm)。これはアメリカで大麻草から抽出された製剤としては初めてのものです。実際に医薬品として販売されるためには、麻薬取締局(DEA)によって CBD がスケジュール I の薬物リストから除外される必要がありますが、病院で CBD が処方される日が近いかもしれません。
日本でも処方薬になる日を待ち望んでいます。