皆様のおかげで、『Weed the People — 大麻が救う命の物語』の上映会は、北海道から沖縄まで、全国に広がりつつあります。
映画と一緒に、正高も講演に招かれることが増えたのですが、会場でよく訊かれるのはカンナビジオール(CBD)のこと。特に多いのは、CBDでがんが治りますか?という質問です。いまや二人に一人ががんになる時代。身近な人の治療の選択肢としてCBDを考えているのでしょう。
この切実な問いに対する私の回答は、正直なところ皆さんをがっかりさせるものだったかもしれません。
確かにCBDに抗がん作用があることは基礎研究の結果、判明しています。たとえば、すい臓がんのモデルマウスに対して、CBDと抗がん剤を併用すると未治療の場合と較べて寿命が3倍近くに延びたという研究結果が報告されています。
しかしそれは、がんが治癒するということを示している訳ではありません。くわえて動物実験の結果は、そのまま人に対して当てはめられません。
『Weed the People』では大麻治療による子どもたちの劇的な回復が描かれていますが、作中で出てくる大麻製剤は全て、THC と CBD の両方を含んでいます。「日本で販売されている CBD のみの製剤で同じような効果が期待できるとは、医師という立場からは言えません」というのが私の答でした。
そんな私にこれまで、何人かの CBDユーザーの方が講演のあとでそっと耳打ちしてくれることがありました。「先生、私は CBD でがんが治ったケースを知っています」と。
正直、私は彼らの話を半信半疑で聞き流していました。というのは、彼らの摂取している CBD の量は、てんかん治療の研究に用いられる量と較べると極めて少なく、そのような少量で薬理作用が期待できるとは正直、思えなかったからです。
CBD のマイクロドージング(少量投与)でがんが治る?
しかし、これは極東の島国だけで起きている現象ではないようです。なぜならこの現象を地球の裏側の医師もまた、論文として報告しているからです。
2019年2月21日に Sage Open Medical Case Reports という医学雑誌に掲載された「カンナビジオールによる自己治療による肺がんの劇的な反応:症例報告とレビュー」と題された論文は、イングランドのストーク・オン・トレントという町にあるロイヤル・ストーク大学附属病院の Josep Sulé-Suso 腫瘍内科教授によって書かれています。
2016年の10月のある日。81歳の男性が3週間前からの呼吸苦を主訴にクリニックを受診しました。レントゲンで左肺に影をみとめ、CT検査では同部位に 2.5 cm×2.5 cm の腫瘍と、加えて縦隔リンパ節の腫脹が認められました。
精密検査の結果、この病変は組織学的に肺腺癌(T1c N3 M0)と診断されました。(組織免疫染色ではCK7(++), TTF-1(++), ER(+), CK20(-), S100(-), PSA(-), CD56(-)で、EGFRとALKの遺伝子変異は陰性でした。)
ステージはⅢB。進行がんであり、手術で取り切るのは不可能な段階です。治療の手段として提示されたのは抗がん剤治療と放射線治療でしたが、彼はそれを断りました。81歳と高齢であることもあり、治療による副作用で生活の質が低下することを恐れたのです。(この時点での彼の全身状態としては、激しい運動などは難しいけれど日常生活や軽作業は行えるレベルでした。)積極的な治療は行わないものの定期的な通院は続けることを主治医と約束し、彼は自宅へと帰っていきました。
2ヶ月後の 2016年12月の CT では、肺の腫瘍は 2.7 cm× 2.8 cm へと大きくなり、縦隔のリンパ節に関しては変化はありませんでした。主治医はもう一度、抗がん剤と放射線の治療を勧め、患者は再度断りました。それから7ヶ月後、2017年7月のレントゲン検査では腫瘍は順調に大きくなっているようでした。
ところがです。それから更に4ヶ月後の2017年11月のCT検査で驚くべき結果が認められます。なんと、肺の腫瘍も縦隔のリンパ節腫大もほぼ完全に消失していたのです。それから2ヶ月後の2018年1月に再度CTを行いましたが、やはり腫瘍はほぼ消失していました。
どういうことなのかと質問する主治医に、患者は答えました。2017年9月上旬からCBDオイルを摂取している、と。彼が摂取していたのは ”MyCBD” というブランドの 2%製剤で、はじめは一回につき2滴(CBD 1.32 mg)を一日2回で1週間、それから一回9滴(CBD 6 mg)を一日2回に増量し、内服を継続していたということでした。
(1本あたり CBD 200mg/10ml €27.5 ≒ 3,500円)
それ以外には食事も生活習慣も、薬も何一つ変わったところはないと彼は伝えています。
顕微鏡で組織を採ってきて確認されたステージ Ⅲの肺がん。順調に増大傾向にあったそれが、わずか 12 mg/day のCBDを摂取し始めると劇的に縮小した。これがこの論文の述べるところです。
しかし、この製品の成分分析表を確認してみると以下のようになっています。
この製品は、CBD以外の微量なカンナビノイドも含有する「フルスペクトラム製剤」であり、CBD以外にも CBDa、CBG、CBN、Δ9-THC、Δ9-THCa などの様々な成分を含んでいます。成分表には 2.47%の CBD と 0.11% の THC が含有されていると書かれています。0.11% というのは極めて微量であり、アメリカ合衆国の農業法では THC 0.3% 未満の製品に関しては、大麻取締法の規制を受けないと定められています。
しかし、この微量の THC が治療上果たす役割を、ゼロとみなすべきではありません。国内で流通している CBDアイソレート製剤と、この製剤を同じように考えることに対しては慎重になるべきでしょう。けれどいずれにせよ、カンナビノイドのマイクロドージングにより腫瘍が縮小したというのは、状況からは確からしい印象です。
これはあくまでも一個人の身体に起きた体験であり、神様の悪戯なのかもしれません。けれど多くの場合、優れた直観や現場の経験は、エビデンスに先行します。言い換えれば、私が論文の紹介を行うとき、そこに書かれている内容は一部の人にとっては、何を今さらそんな当たり前のことを偉そうに、と感じられるということです。
カンナビノイドのマイクロドージングはがん治療の選択肢として時の試練を経て確立され、生き残るのか。それとも一部の頭のおかしい医師の戯言として、いずれ忘れ去られていくのか。答はこれから先の歴史が教えてくれるでしょう。
執筆:正高佑志(医師) 校閲:三木直子
※ 本記事で取り上げた研究内容は、THC を含む製剤を利用しており、国内で流通している製剤で同等の効果を得られることを保証するものではありません。
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