「大学人たる者、研究すべし。研究せざるは、大学人にあらず。」
叩き上げの研究者である安東教授の率いる熊本大学の脳神経内科にはそんな空気があった。
朱に交われば赤くなる。
私も、せっかく大学にいるのだからと、とりあえずCBDを使った研究を目論んだのだが、難治性てんかんなどの相応しい患者さんが集まらない。苦肉の策として、“マリノール“ という合成THCを輸入し、CBDと併せて 1:1 の割合で痙性対麻痺の患者さんに投与しようと考えた。マリノールは「大麻」でなく「麻薬」扱いなので、麻薬施与者免許で扱うことが可能ではと思ったのだ。しかしながら、本邦未承認の麻薬は薬事法の関係でヒトには投与できないらしい。
法律の壁は高く厚い。やれやれ。
どうしたものかと悩んでいたときに、きっかけになったのは一本の記事だった。
New England Journal of Medicineという医学雑誌上での医療大麻への賛否に関するアンケート。
https://www.greenzonejapan.com/2017/07/12/55/
回答者の76%が医療大麻に賛成という結果を知り、「同じような調査を日本でやったらどうなるのだろう?」と素朴な疑問が湧いた。テレビでは医師免許を持ったコメンテーターが、「医療大麻なんて存在しません」とヒステリックに叫んでいる。表向き、それに反対する声は聴こえてこない。
けれど大麻がお酒よりも安全という結果は、それこそランセットなどの有名な医学雑誌に掲載されている。
大麻だけが医薬品としても一切使えないことを、合理的に説明することは困難だ。
何も言わないだけで、日本でも多くの医師はそういうことをわかっているのではないか? これは研究テーマになると思い、実際にアンケートを行うことにした。
前任者なし。経験なし。文字通り、ゼロからのスタート。アンケート項目を考え、レイアウトを工夫した。向野先生から頂いた別の研究計画書を参考に、中根先生にアドバイスを頂き、倫理委員会に提出する研究計画書を見様見真似で作成した。
印刷、切手貼り、郵送、集計。地味な単純作業を経て、得られたデータを統計の池田先生に解析してもらう。そうやって、先輩方の力を借りながら形にしたのがこの研究だ。思案した挙句、日本神経内科学会が発行する日本語の雑誌に投稿することにした。
日本語の雑誌には、インパクトファクターという点数がついてない。掲載されても、研究者としての業績にはカウントされないということになる。しかし、大事なのは業績よりも社会への影響だ。海の向こうの雑誌に英語で書いても、日本人は誰も読まない。日本語の雑誌に載れば、タイトルくらいは目に触れる。その中には要約くらいは読んでくれる人もいるかもしれない。
そもそも掲載されるかどうか半信半疑だったが、とりあえず投稿してみると、思ったよりずっと好意的な反応が返ってきて、簡単な修正の後に掲載が決まった。それが以下のリンクである。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/advpub/0/advpub_cn-001299/_pdf/-char/ja
結論をかいつまむと:
アンケートに回答してくれたお医者さんの過半数は、医療大麻の使用を認める傾向があった。そして、医療大麻に関する情報提供を受けると、肯定的な意見を持つ割合が高くなるということもわかった。(そんなの当たり前といえば、そうかもしれないが、誰かにとっての当たり前を数字にするのがサイエンスなのです。)
この研究の社会的価値を、手前味噌ながら挙げされて頂くとすれば、まず「医療大麻」という言葉を医学の世界に持ち込んだこと。試しに医中誌で「医療大麻」と検索してみると、これまでに報告されたのは犬のてんかんへの CBD の有効性を論じたものが一本だけ。実際の有効性を示したものではないにせよ、真っ向から大麻の話をしている医学系論文というのは、これまでになかった。学術的な文脈で大麻の話をする先例を作ったことには、多少の意義はあるだろう。
そして、「適切な情報提供を行うことで、お医者さんは理解してくれる」という希望を示したことにも、価値があると思っている。もちろん、「ダメ絶対」マインドの方もおられるが、幸いにしてそういう医師の割合は本調査の対象範囲内では1割未満だった。Green Zone Japan や皆さんの活動は、回り回って人々の意識の変化を促している可能性が高い。そういうことを、この結果は示している。
そして、悪名は無名に勝るということ。今回の調査では、医療大麻という言葉を知ったきっかけとして、およそ4割の回答者が「芸能人の逮捕など」という項目を選択した。調査のタイミングから、高樹沙耶さんの一件を意図して設定した選択肢。法規制に従わなかったことの是非はともかく、世間に医療大麻というワードを広めることに関して、彼女が果たした役割は大きい。私が気になっていたのは、果たして「逮捕報道」という入り口から医療大麻という概念を知った人が、医療大麻に対し否定的な印象を抱くのかという点だった。
これに関しては、統計的な有意差はなかった。山本裁判で医療大麻を知った人よりは、幾分か懐疑的な立場を取る傾向はあるようだが、その程度は大したことはない。「あの女優のせいで、日本の医療大麻解禁は遅れた」という指摘は、この結果からは導くことが出来ない。
今回、初めて論文という形にして思うのは、非常に時間と手間がかかるということ。この国で周囲を見回してみると、エビデンスやマニフェストに基づいて物事が決まっている印象は、残念ながら全くない。そんな中で苦労して、エビデンスを作ることに一体、どれくらいの価値があるのだろうというのが、今現在、私が正直に思うところだ。
しかし、ニヒリズムは何も生まない。これは小さな小さな一歩だが、ゼロからイチを生み出した。
そのことを私は誇ろうと思う。
この一歩を導いてくれた総合臨床研究部の池田先生と、昨年度で退官された安東由喜雄先生に改めて感謝を表したい。そして今回、著者に連なることは辞退されたが、中根俊成先生と向野晃弘先生に多大な御協力を頂いたことを、ここに記しておきたい。英語の監修は、Green Zone Japan の三木直子さんにお世話になった。いつもありがとう。
そして最後になりましたが、私がこうやって細々と歩み続けていけているのは、実生活、Facebook、Twitter、そして講演先で暖かい声をかけ、後押しして下さる皆さんのおかげです。このささやかな業績を、アンダーグラウンドシーンの皆さんに捧げます。
ありがとう。
文責:正高佑志(医師)
頑張ってください
モリンダ社で片山えりこさん達と
お話をきかせていただきました、大隅順子といいます。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。