オクラホマの判決
2019年8月末、オクラホマ州でのある判決が世界を揺るがせました。
製薬会社の行き過ぎた欲望が、人々を死へと追いやったことが認められたのです。
アメリカではヘロインをはじめとする、オピオイド系ドラッグによる死亡事故が21世紀に入ってから激増し、深刻な社会問題となっています。
https://www.hhs.gov/opioids/about-the-epidemic/index.html
病院で処方されたオピオイド系鎮痛薬をきっかけに依存症になり、病院からの処方が切れた後に、より強力なヘロインやフェンタニルをブラックマーケットで購入するという流れが一般化していますが、これは製薬会社の情報提供および販売戦略に責任があるという見解から今回、製薬大手のジョンソン&ジョンソン社に計600億円の支払いを命じる判決が下されました。
https://www.bbc.com/news/business-49452373
オクラホマ州もジョンソン&ジョンソンも、氷山の一角です。オピオイド系鎮痛薬の市場で、ジョンソン&ジョンソンが占めるシェアは 1%にも満たないと同社は主張しています。その他に、既にパーデュー・ファーマとテバ製薬が同州での和解金の支払いに合意しています。今後、オピオイド関連死を巡った賠償問題は全米各地へ、そしてその他の製薬会社へと波及していく可能性が高いでしょう。
仮に同様の判決が他州でも支持される場合、製薬会社の賠償額は天文学的な数字になり得ます。それは製薬業界の巨人達にとってのアキレス腱かもしれません。
オピオイドを巡る日米の違い
「オピオイド」とはケシからとれる「あへん(オピウム)」を精製して作るモルヒネやヘロイン、それを模したフェンタニルなどの合成麻薬を含む総称です。つまり、日本の病院で処方される医療用麻薬もオピオイドの一種ですが、NHKの報道では、まるで日本未承認の医薬品のような響きです。
たしかに、「医療用麻薬で5万人死亡」と書けば事実誤認ですし、翌日の医療現場は不要な混乱に見舞われるでしょう。だからといって、「オピオイド」とカッコにくくって、医療用麻薬とオピオイドが別物であるかのように扱う報道には、それはそれで問題があると私は思います。
オピオイド系鎮痛薬をめぐる社会背景は日米では大きく異なり、大切なのはその違いをちゃんと理解することです。
北米にみられるようなオピオイド危機は、日本では現時点で起きていません。むしろ厚労省が、大麻、覚せい剤、麻薬をひとまとめにして、「ダメゼッタイ」という薬物教育を続けているため、医療用麻薬も過剰な恐怖と偏見の対象となっています。
モルヒネをはじめとする医療用麻薬は、優れた鎮痛効果を有しています。適切に使う限りは非常に有用な薬です。にも関わらず、「麻薬」という響きに拒否反応があるために、処方を忌避する患者さんは後を絶ちません。国内に関して言えば、医療用麻薬に関して伝えられるべきメッセージは、「貴方が思っているよりもずっと有益で安全」ということではないかと思います。
川では「遊泳禁止」の日本と「Swim at your own risk」のアメリカ
では一方のアメリカで、なぜ600億円の賠償が命じられる事態に至ったのか?第一に、医薬品の管理体制の違いが挙げられるでしょう。医療大麻の情報を収集する中で、それは垣間見られます。
たとえば、CNN製作の『Weed』 というドキュメンタリー番組中で、患者さんが処方されている鎮痛薬を見せてくれるシーンがあります。
医療用麻薬が、まるで整腸剤のように気軽に、かつ大量に自己管理されていることに私は驚きました。おそらくですが、個人の自由が重んじられるアメリカでは、日本よりも医薬品の自己管理と、容量の自己調整が一般化しているのではないかと思います。
オピオイドへの耐性がつくと徐々に量が増えていく。その結果、何かの間違いで呼吸抑制が起きて死亡事故につながる。そんな光景が目に浮かびます。
オキシコンチンのブレイク
アヘン戦争が起きたのが1840年であることからわかるように、オピオイド自体は昔から存在する古い薬です。にもかかわらず、アメリカでのオピオイド系鎮痛薬の処方量は、21世紀になってから爆発的に伸び、1991年から 2011年までの20年間で3倍に膨れあがりました。
その理由の一端は、製薬会社の新薬開発と販売戦略にあります。1997年、パーデュー・ファーマは、自社のオピオイド系新薬、オキシコンチンの販売を開始しました。この製品は、ゆっくり溶け長時間効く、徐放製剤という新しい剤型をとっているため、従来のオピオイドと比べ、乱用や依存が生じにくいというのが売り文句でした。
そもそも、アメリカ人の三人に一人は何らかの慢性痛を抱えていると言われています。切れ味の良いオキシコンチンは、あっという間に大ヒット商品となり、それを見た他社も類似製品で追走しました。
このブレイクの背景には、オピオイドが効き目の割に安価であることも関係しています。民間保険によって医療が賄われるアメリカでは、コスト・パフォーマンスが重要になります。たとえば交通事故で痛みがある場合、日本では整骨院での治療も保険治療の対象です。しかしアメリカでは安い保険でカバーされるのは鎮痛薬だけです。
事故や手術の後に、安易にオピオイドを処方され、気がついたらやめられなくなる。その結果、2017年にはアメリカ人100人あたり、年間で58枚のオピオイド処方箋が切られたそうです。
(ちなみに、オキシコンチンの販売業者であるパーデュー・ファーマは早い段階で、事態の深刻さに気がついていたようです。というのは、2002年にはパーデュー社は、「送ったメールを5年後に自動破壊するシステム」の特許を取得しています。これは業務上のやり取りの記録が、後々に訴訟において不利になることを予測していたからでしょう。
またパーデュー社は、オピオイド依存症の新薬の特許も取得していることが報道されています。自ら依存症の種をまいて、自ら治療薬のマーケットを作り出し、特許を取得して独占しようという計画なのでしょうか?
処方箋ドラッグからストリートドラッグへ
このオピオイド危機が社会問題として注目を集め始めると、パーデュー社は責任を問われ、2007年には連邦政府に6億ドルを超える賠償金の支払いを命じられました。それ以降、病院からのオピオイド処方量は下火になりましたが、供給源を絶たれた需要はアンダーグラウンド市場へと向かいました。
図はアメリカのオピオイド関連死の原因薬の推移ですが、2010年以降ヘロイン(青)が、2013年以降はフェンタニルなどの合成麻薬(オレンジ)が急増しているのがお分かりいただけるかと思います。これらは主に非合法なストリートドラッグだと考えられます。
ストリートドラッグの入手の容易さも、日米の大きな違いです。日本のように面積が狭く、海で囲まれている国と異なり、アメリカで薬物密輸をコントロールするのは至難の技です。特にフェンタニルに関しては、中国からアメリカに大量に違法輸出されていることが問題となっています。
https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_17.html
ストリートドラッグの最大の問題点は、品質が保証されない点にあります。処方箋薬局で販売されている限り、ラベルと中身は一致していますが、ストリートドラッグではそうはいきません。ヒドロコドンだと言われて買ったら、実はモルヒネより 100倍効果の強いフェンタニルだった — それは静脈に注射するドラッグにおいては、命取りになります。
こういった経緯で、アメリカのオピオイド危機は、目下最大の健康問題となったのです。
医療大麻とオピオイド
このオピオイド危機を収束させるための切札として期待されているのが医療大麻です。
医療大麻の最もポピュラーな使い道は痛み止めです。オピオイド系鎮痛薬が死亡事故につながるのは、呼吸中枢に作用し呼吸停止を引き起こすからです(*)。一方、大麻は呼吸中枢には作用しないため、どれだけ大量に摂取しても呼吸停止は起きません。(大麻の致死量は15分間に680kgであり実質的に不可能です。)大麻は、麻薬に代わる安全な鎮痛薬の選択肢として、アメリカで急速に支持を伸ばしつつあります。
2017年、UCバークレー校の2897名の医療大麻患者を対象とした調査では、過去6ヶ月にオピオイド系鎮痛薬を使用したことのある患者の97%が大麻を併用することでオピオイドの量を減らすことができたと答えました。(また81%は、“自分が求める医療効果を得るのに大麻単体の方がオピオイド併用よりも効果があった”と答えています。)
実際に医療大麻を併用した患者さんでは、オピオイドの使用量を64%減らすことができたとミシガン大学の研究チームが2016年に報告しています。
鎮痛目的でなく、多幸感を求めてオピオイドを乱用する患者さんにも、医療大麻は福音となりそうです。2015年のカリフォルニアからの報告では、大麻の使用者では嗜好目的でのオピオイド使用が明らかに少なかったと報告されています。医療大麻とオピオイド、双方を使用した経験のある患者さんは総じて、医療大麻の方が副作用が少なく、生活の質(QOL)を高く保つことができたと回答しています。
オピオイドとカンナビノイドのシナジー効果
しかし「大麻か?オピオイドか?」と、両者がライバルであるかのように語るのは間違いです。大麻とオピオイド系鎮痛薬を併用することで、両者は補い合う可能性を研究結果は示しています。
そもそも、大麻が作用する CB1受容体とオピオイドが作用する μ 受容体は、脳内での分布がオーバーラップしており、報酬系を共に構成しています。これまでの研究から、大麻とオピオイドを一緒に摂取することによって、オピオイドの血中濃度に影響を与えることなく、鎮痛効果だけを高めるシナジー効果が期待されています。
つまり大麻とオピオイドを併用すると、1+1=2以上になるということです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16375890
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22048225
またオピオイドの耐性においても、大麻を併用することで生じづらくなる可能性が示唆されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18723035
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17603035
単体での鎮痛効果ではオピオイドに軍配が上がりますが、オピオイドがもたらす用量の増加と身体依存という二つの問題に、同時に対応できるのが医療大麻の併用なのです。
医療大麻と依存症治療
医療大麻が有用なのは、オピオイド依存症だけではありません。
以前にも記事にしましたが、医療大麻、特に依存性のないCBDは、覚せい剤、タバコ(ニコチン)、コカインなどの、その他の薬物依存の治療でも有用ではないかと期待されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6135562/#!po=12.9630
かつて、危険や薬物への入り口と考えられた大麻は、多くの犠牲と科学的検証の結果、薬物依存から抜け出す出口と考えられるようになっているのです。
これが、オピオイドと大麻の最先端の話です。
(*) オピオイド系鎮痛薬が呼吸中枢に作用し呼吸停止を引き起こすのは相当な過量投与の場合で、通常の投与量では、投与開始時と増量時に眠気などによる運転への影響が指摘されていますが、これは連用で通常化します。過量摂取による呼吸停止(死亡)事故はアメリカでは起こっても、日本での医療用麻薬治療においてはこうした事故が起こる可能性はほとんどありません。
文責:正高佑志(医師) 参考文献: Emerging Evidence for Cannabis’ Role in OUD https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6135562/#!po=12.9630
非常に興味深い考察をありがとうございます。
医療用大麻にはデメリットがなく大きなメリットがあるという論旨に思われました。
引用文献の中にはフルテキストの読めないものもありましたが、大麻の使用量が含まれていない文献や、ネット上のアンケート調査にとどまる文献も含まれており、もう少し客観性の高い研究が期待されます。また医療用大麻を使用することでオピオイドの副作用を減らしたうえで鎮痛効果を高めることを示す質の高い研究があればよいと感じました。
気になるところがあったので質問したく存じます。
現状のアメリカにおいてオピオイドは適切に運用されているとは考えられないのですが、日本で医療用大麻を導入することでアメリカよりも適正にオピオイドを運用するために、具体的にどのような手順・段階を踏んでいくかについて何らかの見通しや方策をお持ちでしたらお教えください。
また(*) の内容について開始時・増量時にどの程度の運転の禁止期間を設けたらよいかあるいは不要なのかについて探してみたのですが見当たらなかったので、元論文に当たりたいのですが教えていただけますと助かります。
いきなりで恐縮ですがお暇なときにでもお願いします。
御質問ありがとうございます。
日本でのオピオイドの適正運用に関しては、適応疾患の安易な拡大を行わなければ適切な運用が維持できるのではないでしょうか。
(※)の内容に関しては、記事に対し、緩和ケア医の大津秀一先生に頂いたコメントを反映したもので、文献的な確認は行なっておりません。御了承頂ければ幸いです。
正高先生。オピオイドと大麻の最先端の話もまた興味深く読ませていただきました。癌の宣告があったら直ちにアメリカに行って大麻で治療を受ける、という贅沢な道を選ぶことをすでに友人たちには宣言しています。贅沢とは思いませんが、友人たちはそういいます。鎮痛目的では大麻が最強であるだろうと私は思っておりますが、癌治療でもまた最強であるだろうとも思っております。日本の大麻魔薬政策は人道主義の観点からも世界最悪の国家群にすでにレッテルばりされている、と言っても過言ではないはずです。癌治療での成功譚をもって帰り、その時こそ、私は医療大麻の大いなる旗振りを実行するつもりでおります。
医療用麻薬を使用する患者131名に、フルスペクトラムCBDオイルカプセル(15 mg)を供給したところ、53%の患者が麻薬を減らす、もしくはやめることが出来た。CBD使用者の94%がQOLの改善を自覚。だいたいの患者のCBD摂取量は30mg/dayだった。
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00325481.2019.1685298
今日入学させていただいたyoshieです。
米国カリフォルニア在住で何年も続けてオピオイド鎮痛薬をとっていましたが、ご存知のように過剰摂取でお亡くなりになる方が多すぎて政府が絡んできてよっぽどでなければオピオイド鎮痛薬は使わなくなりました。医者のライセンス問題に関わるからです。
私は気絶して怪我したり、転んでろっ骨骨折などでERに連れていかれ、殆どのドクターはすぐにモルヒネを使いました。時にはモルヒネより強い薬を使いました。IVで入れるので何秒?かで痛みが遠のきます。私は米国で7回全身麻酔で手術をうけましたが痛い思いをした事がなかったのですが、今医者はオピオイド鎮痛薬をよっぽどでない限り処方してくれなくなりました。
それで私は興味がなかったマリワナを使う様になりました。