医療大麻とエビデンスについて、知っておくべきこと

2019.11.17 | 大麻・CBDの科学 | by greenzonejapan
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医療大麻とエビデンスについて、知っておくべきこと
2019.11.17 | 大麻・CBDの科学 | by greenzonejapan

image from: https://www.eurekalert.org/pub_releases/2017-09/mali-fol091917.php

この20年ほどで、医学界では「EBM」という言葉が広まりつつあります。これは ”Evidence Based Medicine“ の略であり、日本語では「科学的根拠に基づいた医療」と訳されます。ざっくり言うなら「治療方針を決める際には、科学的な研究結果(エビデンス)も参考にしましょう」ということです。

image from: https://mcw.libguides.com/EBM

言い換えれば、「偉い人が勧めてるからとか、こっちの方が儲かるからとか、そういう理由で治療法を選ぶのはやめましょう」ということです。

筆者も、EBMという概念が輸入されて以降に医学教育を受けているので、出来るだけ科学的な裏付けに沿った診療を心掛けていますし、医療大麻に関しても、科学的な研究結果を参考に話をしたいと考えています。けれど残念ながら、エビデンスの枠の内だけでは語り切れないのが医療大麻なのです。

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どういうことなのか? 例として一度、飲食店の評価について考えてみましょう。

世の中には星の数ほどの飲食店がありますが、その良し悪しを客観的に評価するにはどうすればいいでしょうか? 色々な人の意見を反映することで、公平な評価が可能になるというアイデアに基づいてできたのが「食べログ」などの評価サイトです。

しかし、評価サイトが絶対的に正しい仕組みかというと、そうではないようです。影響力のあるレビュアーが飲食店からの接待の見返りに高評価をつけていたり、「やらせ業者」が飲食店側と契約し、評価を釣り上げるということが起きているようなのです。実際に、皆さんが主観的に感じる飲食店の点数と、食べログの評価が大きくズレていることは、よくあるのではないでしょうか?

ではミシュランガイドはどうでしょう?

 

専属の調査員が直々に来店し、客観的な見地から採点を行う、という審査員方式にも、やはり偏りが指摘されています。そもそもタイヤ会社が作っているガイドブックで、「ミシュランガイドはタイヤのため」を原則としています。そのため、走行距離が伸びる郊外店の方が掲載されやすくなると考えられています。また「フランス人の審査員に和食が正当に評価出来るのか?」などの批判もあがっています。実際に、2008年から日本各地のミシュランガイドが刊行されていますが、皆さんの「この店は美味しい!」という生活実感とガイドの評価には、ズレがあるのではないかと思われます。(そもそも既に予約がいっぱいのお店は掲載を断ることも多いでしょう。)

 

 

この評価尺度の問題は、音楽に関しても言えます。音楽を客観的に評価する仕組みとして、最初に思い浮かぶのはオリコンなどのヒットチャートです。

 

仮にオリコン順位で音楽の良し悪しを評価するなら、この10年の日本の音楽シーンではAKBグループと嵐がダントツで優れたミュージシャンということになります。また基本単位が週間のランキングなので、口コミでジワジワと売れていく作品は不利です。

 

 

 

筆者の世代だと、Hi-STANDARDの『Growing Up』というアルバムは、70万枚を売り上げ、メロコアブームを巻き起こし、多くの人にとって文字通り、人生を変える一枚だったと思いますが、オリコンチャートでは最高 87位に留まっています。

 

 

 

 

その他の評価方法として、たとえばローリングストーン誌は「史上最も優れたアーティスト100」などの企画を行なっていますが、これはこれまでに与えた影響を総合して評価するので、古いアーティストが有利になる傾向があります。

 

 

さて、本題に戻ります。

どんな評価方法にも、偏りと問題点があります。食べログが全ての飲食店の魅力は伝えきれないように、オリコンチャートがそもそもインディーズアーティストを含まないように、エビデンスというものさしだけでは、医療大麻の価値は測りきれないという話でした。

どういうことか、その理由を説明しましょう。

1:医学研究の本場で、大麻は今も違法

文化にはそれぞれ、盛んな場所というものがあります。商業映画ならハリウッドですし、ヨガだったらインドのリシケシが聖地です。スーツの仕立屋ならイギリスのサヴィル・ロウで、ラーメン文化の本場は日本です。

同じように、医学研究を牽引しているのはアメリカ合衆国の北東部です。

(水色の州をあわせてニューイングランド地方と呼びます。)

世界で最も権威ある医学雑誌は、『New England Journal of Medicine』という名前で、これは「ニューイングランド地方の医師会報」くらいの意味です。この地域の有名病院からは毎週のように、大手の医学雑誌に論文が掲載されています。

そんな医学研究の聖地であるアメリカ合衆国でも、医療大麻はいまだに連邦法で禁止されているため、医療大麻の臨床試験には公的な研究費が降りないのです。また倫理審査も厳しいようです。

このエビデンスの世界で医療大麻が弱いのと、相撲の世界に黒人力士がいないことは似ています。日本ではそもそも黒人の数が少ないですし、アフリカと日本には、モンゴルと日本に比べて大きな距離があります。仮に才能あるアフリカの若者が相撲の世界で勝負すれば、それなりの結果を残すでしょうが、現実的には参入へのハードルが高いため、土俵入りは実現していないのです。

例えが適切かどうかはさておき、医療大麻に関しても社会背景を考慮する必要があることは、ご理解頂けると思います。

2:パブロンにエビデンスは要らない

そもそもエビデンスには、製薬会社と保険会社の暗闘という側面があります。
どういうことか?

製薬会社としては、なるべく沢山の薬を使って貰った方が、売上的には嬉しいわけですね。一方で、その代金を支払う保険会社はなるべく出費を抑えたいと思っています。Aという医薬品を、製薬会社は使って欲しい。保険会社は使わないで欲しい。

そんなときこそエビデンスの出番です。ちゃんとしたエビデンスがあるものに関しては保険会社は支払う。そのかわり、薬理学的に効くかどうかはっきりしない「おまもり」のような薬は保険ではカバーしない。これが保険診療の基本的なルールです。

日本では医療保険は行政によって、非常に太っ腹に運営されています。エビデンスが不十分な治療も、なんだかんだで保険でカバーされているのが現状です。一方、民間会社が保険を扱う合衆国では、このルールがより厳しく徹底されているようです。エビデンスがなければ、保険が下りない。第三相試験と呼ばれる大規模臨床試験は、製薬会社が自社製品を医薬品として保険診療内で流通させるために、膨大な資金を投じて行うものなのです。

医療大麻はアメリカを含む多くの国では代替医薬品として利用されています。代替医薬品はそもそも保険でカバーされません。医療大麻を販売する会社が、医療大麻を病院で医薬品として流通させたいならエビデンスを作る必要がありますが、現行の制度下で流通させるだけなら、厳格なエビデンスは不要なのです。

つまり、医療大麻はマツモトキヨシで売られているユンケルやパブロンみたいな扱いだと思って頂ければいいでしょう。パブロンに関する大規模試験は行われていませんし、今後も行われないでしょう。なぜなら経済的に行う必要性がないからです。

3:大麻草は物質特許が取れない

image from: http://www.offitkurman.com/blog/2017/07/28/ip-essential-considerations-series-patents/

もう一歩踏み込むと、医療大麻の大規模試験が行われない背景には、特許の問題があります。

そもそも、ある物質を医薬品として認めてもらうのは簡単ではありません。動物実験で安全性を確認した後に、三段階の人体実験を行う必要があります。これには、億を超えるお金がかかり、その全てを製薬会社が負担します。

本当に効果があるかどうかわからない物質に、大金を注ぎ込めるカラクリが「物質特許」です。物質特許を取得すると、20年間、その物質を製造、販売する権利を独占することが可能となります。仮に最初の5年で医薬品としての研究を終えて承認が得られたら、それから15年、自由な価格設定で独占的に販売することができます。(特許が切れた物質を使って他社が作った医薬品がジェネリック製剤です。)特許制度があるからこそ、製薬会社は莫大な先行投資を何百倍にして回収できるのです。

さて、大麻草というのはトマトと同じく植物です。たとえばカゴメのホームページをみると、トマトには血圧を下げたり、日焼けからの回復を促す作用が期待されると書かれています。

しかし、カゴメがトマトジュースを医薬品の承認を求めて、臨床試験を計画することはないでしょう。なぜなら多額の費用をかけてエビデンスを示しても、トマトジュースの製造を独占することが不可能なので、自社の経済的利益に直結しないからです。

大麻草に関しても、同じことが言えます。

4:大麻草とカンナビノイド製剤は別物

image from: https://picnano.com/tags/JWH018

かといって、大麻を処方箋医薬品にしようという試みが皆無という訳ではありません。特許には、物質特許以外の様々な種類があり、たとえば大麻から単一の化学物質を抽出する方法や使用法に対して特許を取得することが可能です(製法特許や用途特許)。また、大麻の成分を単離し少しだけ化学的に変化させることで、新規の化合物として物質特許を取ることが可能になります(合成カンナビノイド)。

大麻に含まれる成分や、大麻成分に類似した化学物質に関する特許は日本でも1000件以上申請されています。https://www.j-platpat.inpit.go.jp/s0100

実際に、化学合成した THC は、ドロナビノール(商標名:マリノール)と呼び変えられて医薬品としての承認を受けていますし、それを少しだけ変形させたものはナビロン(商標名:セサメット)として、これも商品になっています。また英国のGW製薬は、THC と CBD を 1:1 の割合で含有する製剤を、サティベックスという商標で、また CBD を99%以上含む製剤をエピディオレックスという商標名で、それぞれ医薬品として海外では販売しています。今日までに行われている「医療大麻」の大規模治験の大半は、このような、カンナビノイド医薬品の薬事承認の為に行われたものです。

(またかつてサノフィ社が、リモナバンという合成カンナビノイド製剤を痩せ薬として、ヨーロッパで販売しましたが、自殺の副作用の為に販売中止となっています。)

これらの医薬品は実際に販売されていますが、大ヒット医薬品にはなっていません。その理由の一つは、単離したカンナビノイド製剤は、アントラージュ効果が失われるため、効果が乏しい割に精神作用などの副作用が強く出ることが挙げられます。そして医薬品として処方される場合は、品種や容量の細かい調節が行いづらいという側面もあるでしょう。また、カンナビノイド医薬品の価格は代替医薬品としての大麻草よりも割高になります。それらの結果、大麻草に効果やコストパフォーマンスで負けてしまうようです。

ただし、「どれだけの人が継続的に使用しているか?」という尺度で評価するなら、カンナビノイド医薬品と大麻草では、大麻草に軍配が上がります。

5:システマティックレビューではカンナビノイド製剤のデータしか採用されない

もう一度、エビデンスの話に戻りましょう。

世の中には、様々な種類の研究が存在しますが、研究のデザイン毎にランクがあるとされています。その中で最も信用性が高いとされているのが、様々な研究をまとめた「まとめ研究」である、系統的レビューと呼ばれるものです。

image from: https://next-sapiens.net/evidence/

たとえば、コクランという団体の発行するコクランレビューが良く知られています。コクランは、複数の疾患領域で医療大麻に関する系統的レビューを作成しています。しかし、その際に分析対象として採用されるのは、症例数が多く、スタディデザインとして優れた製薬会社主導のカンナビノイド医薬品の薬事承認のための研究が主です。

つまり、大麻草を使用した患者さんのデータは、システマティックレビューの解析対象から漏れてしまうのです。

たとえば、神経痛に対する医療大麻のレビュー論文では、これまでに報告された 1446本の論文のうち、解析対象として採用されたのは 16本だけです。ちなみにその 16本のうち、サティベックスを使った研究が 10本、ドロナビノールが2本、ナビロンが2本であり、大麻草を使ったものは2本だけでした。

https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD012182.pub2/full

系統的レビュー論文の結論では、医療大麻の評価はどれも今一つです。しかし、その裏付けとなっている生データは、市場競争で“大麻草全草”に敗れた“カンナビノイド医薬品”を使った研究で得られたものが大半なのです。

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エビデンスに基づいた医療という思想は意義があるものですし、たしかに医療大麻のエビデンスの蓄積は充分とは言えません。それにも関わらず海外では、医療大麻は次々と合法化されています。なぜかというと、私がここに説明したような内容が理解されているからだと思われます。日本では残念ながら、こういう事情は充分に伝わっていません。

「法律の変化はエビデンスより重い」とある議員さんは言いました。
世界中で法改正が起きているという事実と、日本も向き合うべきではないでしょうか?

 

文責:正高佑志(熊本大学医学部医学科卒。神経内科医。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年より熊本大学脳神経内科に勤務する傍ら、Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事を務める。医療大麻、CBDなどのカンナビノイド医療に関し学術発表、学会講演を行なっている。)

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