2019年10月11日。サンフランシスコから、統合がん医療の専門家として医療大麻の使用を積極的に推奨し、映画『WEED THE PEOPLE——大麻が救う命の物語』にも出演されたドナルド・エイブラム博士が、Green Zone Japan の招きで来日されました。奇しくも、数十年ぶりの大型台風19号が首都圏を直撃したこの週末。翌日12日はホテルから一歩も出られず、予定されたこの日の講演もキャンセルせざるを得ないという事態でしたが、それでも台風一過の青空のもと、13日と14日の講演は予定どおり行われ、博士も滞在を楽しんで帰られました。 滞在先ホテルでお話を伺いました。
◆ エイズの流行と医療大麻
GREEN ZONE JAPAN (以下 GZJ): ではまず、なぜそもそも大麻による医療に関心を持たれたのかお聞かせ願えますか?
Dr. Donald Abrams(以下 DA): がん専門医を目指していた初めの頃に、突然エイズが流行しました。誰もそれが何なのか、どう対処していいのかわからなかった。それで私はエイズ治療に関する代替医療の研究を始めたんです。(もっともその頃は、それが代替する「標準治療」も存在していませんでしたが。)1992年に、MAPS(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies、幻覚剤の学際的研究を支援する非営利団体)の所長である Rick Doblin 博士が、サンフランシスコ総合病院の研究部長に、「Mary Rathbun 研究所」でエイズ治療における大麻の医療効果に関する臨床試験をすべきだと提言しました。Mary Rathbun というのはうちのエイズ研究所でボランティア活動していた年配の女性で、エイズの患者の世話をしたり、自分で焼いた大麻入りブラウニーを無償で提供したりしてね。「ブラウニー・メアリー」と呼ばれて有名だったんですよ。それで Doblin 博士はジョークで「Mary Rathbun 研究所」と呼んだわけです。その彼女が大麻入りブラウニーを焼いたということで逮捕されたと聞いて、私も1960年代に大学に行った人間ですから、政府のやり方と戦うことにしたんですよ。
エイズ消耗症候群の治療の研究に大麻を取り入れるには5年かかりました。1996年に開発された新薬が肝酵素の働きを阻害したことが原因のエクスタシー過剰摂取による死亡例があったのをきっかけに、この新薬と大麻を併用しても安全かどうかを調べる研究を申請したんです。大麻の研究には NIDA(国立薬物乱用研究所)の許可が必要で、NIDA は危険薬物を濫用した場合の「害」を研究することしかできず、大麻の「医薬効果」を研究すると言っても許可されませんから、抜け道としてそういう方法をとったわけです。その結果、政府から100万ドルの研究資金と1400本のジョイントが与えられました。それが私の医療大麻研究の始まりです。
GZJ:いくつくらいの研究をされてきたんですか?
DA:最初の研究が 1997年でした。対象は63人で、3分の1の人は紙巻き大麻を喫煙し、3分の1はドロナビノール(THC)のカプセルを、残り3分の1は偽薬のカプセルを1日3回摂取しました。エンドポイントは血中のエイズウイルス濃度でした。大麻がエイズの治療薬を阻害したり免疫機能に影響を与えれば血中のエイズウイルスは増加するはずですからね。結果としては、エイズウイルスは増えませんでしたし、新薬を阻害することもなく、免疫機能はむしろ増強されたようでした。体重への影響もチェックしました。21日間入院して治験を受けた後、大麻を吸った患者とドロナビノールを摂った患者の方が、対照群よりも体重が増えていました。
その後、カリフォルニア州立大学に、大麻の医療効果を調べるための治験を行う研究所が設置されました。私はその研究所から、4つの臨床試験のための資金を得ましたが、完遂できたのはそのうちの2つです。1つめは、エイズに伴う末梢神経障害の患者を対象にしたもので、50人の患者の半数は紙巻きの大麻を、半数は偽の大麻を喫煙させたところ、大麻を喫煙した患者の神経障害の方が軽減しました。疼痛モデルを開発して患者による主観的な疼痛評価も行いました。こちらも大麻を喫煙した人の方が痛みのスコアが軽くなっていました。
同時期に、がん患者の臨床試験のための資金も獲得したんですが、こちらは患者が2名しか登録できなかったので中止になりました。
それから、ドイツの医療機器メーカーが開発した Volcano というベポライザーの試験を行いました。大麻を熱して気化させ、最初は七面鳥のローストに使うビニール袋を使っていたんですが、その中に蒸気を溜めて吸うんです。25〜40歳の健常者で日常的に大麻を使用している人が試験対象でした。6日間入院させ、600ドルの報酬付きで、一部の患者は紙巻きで、一部の患者はベポライザーを使って、NIDA が提供した3種類の THC濃度の大麻を吸入させ、血中の THC 濃度と、有毒ガスへの暴露の程度を示す呼気中一酸化炭素濃度を測定しました。これほど患者登録が簡単な臨床試験はありませんでしたよ、みんな参加したがってね(笑)。
GZJ:それは日本でも同じでしょうね(笑)。
DA:この試験の結果、ベポライザーを使っても紙巻きの喫煙と同等のカンナビノイドを体内に取り込めることがわかりましたから、それ以降は治療には常にベポライザーを使うようになりました。
4つめの臨床試験は、がん患者の遅発性悪心・嘔吐に関するもので、外来患者を対象とした初めてのものでした。抗がん剤治療を受けて帰宅した患者に、無作為に紙巻きの大麻、ドロナビノールのカプセル、あるいはどちらかの偽薬を割り当てるというものでした。81名の患者を登録したかったんですが8名しかできませんでした。というのもちょうどその頃、遅発性悪心・嘔吐を押さえる新薬が開発されたので、医師はみなその薬を使わせたがったからです。
そんなわけで、承認された4つの臨床試験のうち完遂できたのは2つだけだったわけです。
でも私はまだ他に調べたいことがありました。がん患者の治療で、オピオイド系鎮痛薬にカンナビノイドを加えるとどうなるかを知りたかったんです。動物実験では、オピオイドとカンナビノイドに相乗効果があることが示されていましたから。そこで、モルヒネまたはオキシコドンの徐放性製剤を使っている患者を対象とした別の臨床試験を設計しました。患者は臨床試験センターに来るとまず、オピオイド系鎮痛薬の血中濃度を測定し、次に4日間大麻をベポライザーで吸入し、5日目にもう一度オピオイドの血中濃度を測定するんです。大麻を併用することの安全性を調べる、という名目でしたから NIDA が資金を提供することになりました。私はがん専門医ですからがん患者を患者登録したかったのですが、1人しか参加する人がいなかった。そのままでは資金提供が取り消されてしまいますから、仕方なく試験対象を、あらゆる疾患に起因する疼痛でオピオイド系鎮痛薬を一日2回使用している人に拡大しました。そうして試験を完遂したわけですが、その結果、オピオイド系鎮痛薬と大麻には薬物相互作用はないし、疼痛緩和効果は高まったように見えました。ただ、モルヒネを使っていた患者が 10名、オキシコドンを使っていた患者が 11名しか参加しませんでしたから、疼痛緩和についてはサンプル数が小さすぎて、結論としてはオピオイドと大麻の併用は安全である、ということしか言えませんでした。観察される限りでは、疼痛が 25%程度緩和されるようではありましたけれどね。
それから、これはまだ論文として発表していないんですが、CBD の疼痛緩和効果に関する臨床試験も行っています。THC については以前試験していますから、THC と CBD を 1:1 の割合で含むものを使いました。傾向としては偽薬よりも鎮痛効果が高かったですが、統計的に有意差のある結果ばかりではありませんでした。ただ私は個人的に、この臨床試験の結果、CBD には THC の副作用を抑える効果もあるけれど、同時に THC の持つ効果を打ち消してしまうのではないかということも感じました。THCとCBDが 1:1 のものよりも、THC だけのものの方が鎮痛効果は高いのではないかな。この試験の結果は現在論文として発表する準備中です。
私が一番最近行った研究は観察研究です。最近は、含有されるカンナビノイドにしろ摂取方法にしろ、あまりにも多様な製品がありすぎて、無作為対照試験を行うのが困難になっていますからね。だから、「CBDにはどんな効果があるのか」という問いに答えるために、電子データ収集システム「REDCap」を利用した、患者がオンラインで参加するアンケート調査を実施したんです。サンディエゴ、サンフランシスコ、シカゴの3都市にある統合医療センターと、それぞれの街にあるディスペンサリー3〜4軒の患者、合計 400名が参加しました。その大半が中産階級以上で高学歴の白人女性でした。CBDの使用目的は、疼痛管理、不安神経症、睡眠改善でした。オイルやティンクチャーを使っている人が多く、喫煙している人はほとんどいませんでした。製品のブランドなどは不問です。訊いたのは、摂取方法と、どういう THC:CBD 比が一番効果を感じるかということだけ。18:1 と答えた人もいましたし、1:1 と答える人もいました。知らない、という答えも同じくらいありました。
◆ ふたつの病院
GZJ:博士はサンフランシスコ総合病院とオーシャー統合医療センターの療法で患者を診ていらっしゃいますね。その二つで治療の仕方は違うんですか?
DA:違います。サンフランシスコ総合病院では私は「がん」の治療をする。オーシャー統合医療センターでは私の診療対象は「がんとともに生きている人」なんです。がんは雑草のようなものです。サンフランシスコ総合病院では私は雑草に対処しようとするが、オーシャー統合医療センターでは庭を作って土壌を整え、雑草が育たないようにするのが仕事です。だから患者が何を食べ、どんなサプリを摂っているかに注目します。患者のストレスを減らすのを助けたり、大抵は漢方医にも診てもらいます——症状緩和に役立ちますからね。
GZJ:どちらの病院に行くかは患者が決めるんですか?
DA:いいえ。サンフランシスコ総合病院は慈善病院です。他に行くところがない人たちのためのセーフティーネットなんです。オバマケア以降多少状況は変わりましたが、保険がない人が多い。医療にお金をかけられない成人のための病院です。オーシャー統合医療センターの患者はそれとはだいぶ違い、アッパーミドルクラス以上の裕福な白人女性が多い。あらゆる人種の貧困層で英語を話せるのは3分の1くらいであるサンフランシスコ総合病院の患者とは対照的です。
GZJ:サンフランシスコ総合病院の患者は基本的に化学療法ということですか?
DA:化学療法、免疫療法、標的療法、放射線治療、ホルモン療法、いろいろです。そしてそれらと一緒に大麻を使うことを勧めます。でも、健康的な食事をしろとは彼らには言えません。アメリカでは健康的な食事ほどお金がかかりますからね。私が毎日食べる有機栽培のリンゴ1個の値段で、マクドナルドのダブルチーズバーガーとフレンチフライとミルクシェーキが買えたりするわけだから。こういう患者たちには、健康的な食事とヨガを勧めたりはできませんよ。ホームレスだったり、精神疾患があったり、薬物依存だったり、違法滞在者だったりするわけですから。ですからサンフランシスコ総合病院では統合的な治療はできないんです。
GZJ:そういう人たちでも大麻は手に入るわけですか?
DA:ええまあ、中には無料で大麻を提供するディスペンサリーもあるし、闇市場で手に入ったりもしますからね。
GZJ:二つの病院のどちらにより多くの時間を割かれるんですか?
DA:オーシャー統合医療センターです。週に2日はオーシャー統合医療センター、1日はサンフランシスコ総合病院で診察するほか、現在は3つ目の病院でグループ指導もしています。6〜10人のグループに対して3回。1回目は栄養について、2回目は大麻を含むサプリメントについて、3回目はヨガ、マインドとボディの関係、ストレス軽減の方法、漢方薬、それにスピリチュアリティなどについて教えます。ですから3種類の異なったタイプの診療をしているんですよ。
(携帯を見て)
DA:家族や友人から、「CNN を見てるよ」とメッセージが届いてる。『WEED 5』が再放送されているんだな。
◆ CBD ブーム
GZJ:『WEED 5』でも触れていましたが、最近の「CBD Craze(CBDの大流行)」についてはどう思われますか?
DA:CBD が何にでも効くという市場のこの熱狂ぶりには根拠がないと思いますね。先日ミシューラム博士に、CBD についてどう思うか、とメールを送ったら、「ドナルド、お前は医者だろう。何にでも効く薬なんて聞いたことがあるか?」という返事が来ましたよ。サンジェイ・グプタ博士にはメールで、「(このブームは)君のせいだよ。『WEED』でシャーロットが紹介されたせいで、CBD が突然、一番人気のあるカンナビノイドになったんだから」と言ったんです。サンジェイの返事には「たしかに、CBD は大切だとは思うが、ちょっと行き過ぎですね」と書いてありましたよ。その1週間後に彼のプロデューサーから、CBD をテーマにして『WEED 5』を制作するという電話がありました。でもそれは私がサンジェイに送ったメールのせいではなくて、彼女が12歳の娘さんと買い物をしていたとき、娘さんが、あるボディーローションが欲しいと言う。どうして70ドルもするボディーローションが欲しいの、と言ったら、だって CBD が入ってるのよ、と。だからこの番組を作ることにしたんだそうです。この馬鹿げた CBDブームの過熱について、番組はしっかり伝えていると思いますよ。
Epidiolex の(てんかん患者に対する)臨床試験が行われる以前、CBD の効果に関して学術誌に発表された論文は5つしかありませんでした。そのうちの一番大きな実験が、社会不安障害の患者12名に CBD、12名には偽薬を与えた後に大勢の人の前で話をさせたら、CBD を与えられた人のほうが不安感が軽かった、というものなんですから、科学的根拠は少ない。
私たちは清教徒の末裔で、非常にユダヤ・キリスト教的文化の中で暮らしています。「ハイである」ことを良しとしない文化です。CBD は人間をハイにしない。だから、大麻草の中に、医療効果はあるけれどハイにはならない成分があると知るとみんなが一斉に飛びついたわけです。
GZJ:マーティン・リーをはじめとする活動家の一部は、CBD が医療大麻の合法化にそういう意味で役立つのではないかと意識して CBD の情報を広めたそうですが、たしかに最近は、CBD入りの水だのシャンプーだの、ちょっと行き過ぎの感がありますね。
DA:がん専門医の立場から見て心配なのは、CBD は多くの医薬品を分解する肝酵素の働きを阻害しますから、他の医薬品の血中濃度を上げてしまう可能性があるということ。それが抗がん剤だった場合、毒になりかねません。吸入するのは問題ないですが、高濃度の CBD オイルやティンクチャーを経口摂取する場合はその点が心配です。
ヨーロッパ連合は最近 Epidiolex をてんかんの治療薬として認可しましたが、それは抗てんかん薬であるクロバザムとの併用が条件です。つまり CBD がてんかん発作に効くのは、クロバザムの分解を阻害することでその効果を高めているからだと考えられているのです。
(写真撮影:@YEA_th)
<Part 2 に続く>
文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)
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