医療大麻と緑内障

2020.08.31 | 大麻・CBDの科学 病気・症状別 | by greenzonejapan
ARTICLE
医療大麻と緑内障
2020.08.31 | 大麻・CBDの科学 病気・症状別 | by greenzonejapan

医療大麻の合法化の歴史を語る上で、欠かすことの出来ない重要な疾患が緑内障です。

緑内障とは

眼球の中では常に房水という水が作られ、作られたのと同じ量だけ吸収されています。なんらかの理由で、この房水の吸収が悪くなると、眼球内は閉鎖空間なので、中の圧力が高くなります。その圧により視神経がダメージを受け視野狭窄・視力低下を引き起こすのが緑内障という病気です。治療としては眼圧を低下させることが重要であり、そのために点眼薬や、レーザー治療、手術などが行われます。

ロバート・ランドール vs. 合衆国

アメリカ合衆国で初の政府公認医療大麻使用者に認定されたのが、ロバート・ランドール(1948〜2001年)でした。

学生時代から目の疲れやすさや視力の異常を自覚していた彼は、25歳時に若年性緑内障と診断されます。その時点で病状は手術を行うには進行し過ぎていたそうです。(大変に珍しい病気で、それまでに彼を診察した医師達は正しい診断にたどり着くことができなかったのです。)処方された唯一の治療薬、ピロカルピンの効果は乏しく、使用中は映画すらまともに観られない状態でした。

3年から5年で失明するだろうと医師に宣告された 1973年のある日、友人からもらったマリファナを学生時代以来久しぶりに吸った彼は、一時的に見え方が回復していることに気がつきました。大麻に含まれる THC には眼圧を低下させる作用があるのです。

これが自身を失明から救う唯一の手段と確信した彼は、主治医にも隠れて大麻を常用し、そのおかげで視力の回復を得ます。しかし問題は費用です。闇市場で高額な大麻を継続的に入手し続けることが困難であった彼は、自宅で栽培を始めましたが、1975年のある日、逮捕されてしまいます。

しかし、ランドールはここで諦めませんでした。NORML などの合法化団体のバックアップを受けた彼は、人道的見地から自らの大麻使用は正当防衛として認められるべきだと法廷で、無罪を主張します。

検査の結果、実際に大麻の使用による眼圧の低下が確認され、(そしてそれ以外のいかなる薬でも彼の眼圧を低下させる事が不可能なことが示され)なんと彼は国家を相手に勝訴し、無罪を勝ち取ったのです。それだけではありません。ミシシッピ大学で栽培している研究用の大麻タバコを合法的に供給される約束を取り付けたのです。これが医療大麻のコンパッショネート・ユース制度の始まりです。

政府としてはこの事実をなるべく公にしたくなかったのでしょうが、政治家のスピーチ原稿の作成を本職にするほど弁が立ったランドールは、それ以降の人生を自分が初の合法的医療大麻患者になったことの伝道に捧げるようになります。ランドールによって開かれたこの道に、1990年代のエイズ患者が合流し、1996年のカリフォルニア州での医療大麻合法化へと繋がっていきました。

緑内障と大麻の科学研究

このように緑内障に対して大麻が有効であることは民間では広く知られていますが、それを裏付ける科学的研究は、未だ充分には行われていると言い難い状況です。

カナダのダルハウジー大学薬学部のキャサリン・マクミランらが書いたレビュー論文を参考にすると、大麻と緑内障に関する学術報告は、2018年までで 78本存在します。(2018年以降も 16本の論文が発表されていますが、新たな原著論文は見つかりませんでした。)

ランダム化試験に関しては小規模なものが4本行われています。いずれもプラセボとの比較試験で、標準治療との比較研究は存在しませんでした。投与方法としては大麻の喫煙が1報、点眼が2報、舌下スプレーが1報でした。

1報目は 1980年、ハワード大学の眼科医であるメリットらによる、18名の患者を対象とした THC 2% の大麻喫煙の研究です。喫煙後 90分で平均して 6.6 mmHgの眼圧低下が得られました。しかし同時に、精神作用や血圧低下などの副作用が認められたことが問題視されました。(眼圧低下を主作用とすると精神作用は副作用になります)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7053160/

この副作用の問題を解決するために、メリットらは翌 1981年に、6名の患者を対象に大麻成分を含有する点眼オイル(THC = 0.1 % or 0.05 %)を作り、眼圧を下げる効果があるかどうかの実験を行いましたが、こちらは有意な眼圧低下に至りませんでした。(6名中4名が外科手術後だったことも影響があるかもしれません。)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6271841/

2001年になり、イタリアの神経薬理学者であるポルセラらが8名の緑内障患者を対象に、大麻成分を模した合成カンナビノイド(CB1受容体作動薬)点眼薬を用いた試験を行いました。結果、20〜30% 程度の眼圧低下が観察されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11168547/

またGW製薬の出資で行われた 2006年の、英国・アバディーン大学眼科のトミダらの研究では、6名の緑内障患者を対象に (1) プラセボ (2) THC 5mg (3) CBD 20mg (4) CBD 40mg を順に内服させ、眼圧にどのような影響があるかを観察しました。すると、THC 5mg で 14% の低下が認められましたが、一方の CBD 40mg では6%の眼圧上昇が確認されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16988594/

この結果から、緑内障患者がCBDを服用するときには注意が必要と考えられています。

これらはいずれも症例数の少ない、医師主導での研究です。カナダおよびアメリカの学科学会は緑内障の治療として大麻を使用することを推奨していません。処方箋医薬品としての認可を求める場合に行われる大規模試験が行われない限り、「充分なエビデンスがある」と言える状況には至らないことを考えると、今後も医療大麻は緑内障に対しては、民間療法の一角に留まる可能性が高いでしょう。

 

文責:正高佑志(熊本大学医学部医学科卒。神経内科医。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年より熊本大学脳神経内科に勤務する傍ら、Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事を務める。医療大麻、CBDなどのカンナビノイド医療に関し学術発表、学会講演を行なっている。)

 

 

参考文献:

https://ojs.library.dal.ca/DMJ/article/download/9830/8664
『真面目にマリファナの話をしよう』  佐久間裕美子(文藝春秋)
『マリファナ』  レスター・グリンスプーン

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

«
»