古来、大麻は医薬品として世界各地で使用されており、インド、アラビア、ヨーロッパ、チベットなどでは、文字の記録が残っています。
日本にも飛鳥〜奈良時代には中国で書かれた漢方の薬草図鑑である神農本草経が渡来していたと考えられ、そこでは大麻は長期の使用でも副作用の恐れがない「上薬」として記載されています。
その後、医療大麻にまつわる文献記録は明治維新に伴う開国と欧州の医学知識の流入を契機に急激に増加します。この明治時代の日本語の文献記述を包括的に調査したレビュー論文が、2020年に韓国の研究チームによって報告されたので紹介したいと思います。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33072412/
この研究では、1867年から1912年までの明治時代の学術的記録に関して、J-Stage、CiNii、東京都立図書館、国立国会図書館、学術機関リポジトリデータベース、KAKEN上で、大麻に該当するワードを用いて系統的検索を行いました。その結果、発見された 15の記述から、かつて明治時代にどのような用途で医療大麻が使用されていたのかを垣間見ることができます。
大麻の作用として最もわかりやすいのは中枢神経への影響です。大麻を多量に摂取すると眠くなったり、沈静状態になったりすることがあるのは広く知られていますが、これを先人達は手術時の麻酔に用いていたようです。
1886年に発行された日本薬局方(内務省発行)には、大麻は麻酔薬として収載されています。そのほかにも、『薬性論』というドイツ人医師により書かれた書物の翻訳にも麻酔薬として登場し、鎮痛および催眠効果があるとされています。この書物では大麻チンキがオピオイドの代用品になることも指摘されています。
また 1911年に出版された医師・薬剤師の資格取得を目指す人のためのテキストには、「大麻は睡眠導入剤や鎮静剤として明治時代に処方されていた」と記載されています。
大麻が神経衰弱に伴う頭痛に対して有効であり、持続して使用しても副作用が認められないとしたドイツの論文の翻訳も残っています。
また興味深いことに、1878年に43歳の女性が大麻の葉を食し、一時的な錯乱に陥ったという記録が残されています。いわゆる大麻精神病(バッドトリップ)のようなものでしょうか。
その他には、消化器系の治療薬としての使用法もあります。大麻の種子を下剤として使用していたという記録が残っていますが、これは現代でも麻子仁丸という漢方薬のレジメンが一般流通していることを考えると驚くにはおよびません。
一方、コレラによる下痢に対して大麻を使用したという症例報告が残っています。また神経衰弱にともなう消化器症状、現代でいう機能性ディスペプシアに対して医療大麻が使用されていたようです。過敏性腸症候群がエンドカンナビノイド欠乏症候群であると考えられていることを考慮すると、先人の慧眼に驚くばかりです。
現代医療の主要な標的が脳梗塞や心筋梗塞などの血管病やがん、認知症、精神疾患だとしたら、明治時代の医療の主要なターゲットは感染症であったはずです。性感染症の一種である淋病に対して、また結核に伴う激しい咳の治療薬として、大麻を使用していたという記録が残されています。
また喘息の発作に対して、大麻とチョウセンアサガオを混ぜた煙草を吸うとよいとのことで、明治時代には販売されていたようです。
これらの記録には「印度」大麻草と書かれていることから、日本古来の繊維作物としての大麻と医薬品として使用される大麻は別の品種として考えられていたのではないかと思われますが、医療大麻が一般的に流通していたことは間違いないようです。
先述の日本薬局方で大麻は第1局から第5局まで収載されていますが、第2次世界大戦後に発行された第6局から削除されています。これもまた、敗戦によって断絶された知恵と文化の一つと言えるのかもしれません。
文責:正高佑志(熊本大学医学部医学科卒。神経内科医。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年より熊本大学脳神経内科に勤務する傍ら、Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事を務める。医療大麻、CBDなどのカンナビノイド医療に関し学術発表、学会講演を行なっている。)
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