2019年に始まったCOVID-19の流行当初から、大麻草の成分が持つ抗炎症作用や抗ウイルス作用は感染制御に役に立つのではないかと期待されており[1]、イスラエルを中心に多くの国で研究が進められています[2]。既に有用性に関する論文が発表されてきましたが、これまでの報告はシャーレの中で培養された細胞で得られた結果が主で、人に対して適応できるかという課題が残されたままでした[3]。今回、疫学的なデータを伴った報告が認められたため紹介します。[4]
論文を発表したのはシカゴ大学の研究チームです。(著者の4番目にはオオツキ・タカシという日本人と思われる名前が認められます)
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は棘タンパクと言われる部位が人の細胞表面のACE2受容体に結合することで細胞内に侵入し、細胞内で増殖を開始します。これまでの研究でCBDはこのACE2受容体の発現を抑制する可能性が指摘されていました。[3]そのため今回の実験ではACE2を過剰発現させた細胞株にCBDを投与した後にウイルスに暴露させました。するとCBDを投与しない場合は細胞内に侵入したウイルスが増殖するのに対し、CBD投与した場合はウイルスの細胞内での増殖が抑制できることが示されたのです。[4]
また今回の研究では、THCやCBDA、CBGなどのその他のカンナビノイドに関しても、ウイルス増殖を抑制する作用があるか調べられましたが、その他のカンナビノイドの抗ウイルス作用は軽微なものでした。また興味深いことにTHC:CBD=1:1で投与したものに関しては、CBD単体と比べて抗ウイルス作用は低下しました。これはTHCがCBDの作用を打ち消すことが原因と考えられます。[4]
問題はウイルス増殖を抑制する濃度のCBDを摂取することが可能かどうかです。
CBDは肝臓で代謝され、7-COOH-CBDと7-OH-CBDに分解されますが、このうち7-OH-CBDに関しては、今回の実験で抗ウイルス活性が認められました。過去の研究結果を参照すると、高脂肪食を食べたのちにCBDを経口摂取した場合、血中の7-OH-CBD濃度に関しては、十分なレベルに至ると類推されると筆者らは述べています。
またCBDが作用するメカニズムに関しては、従来考えられていたCBDがACE2受容体の発現を抑制するという事象は今回は認められませんでした。
それに代わる仮説として確認されたのは、CBDがウイルスの細胞内での蛋白合成を阻害するという可能性と、インターフェロン応答への作用です。新型コロナウイルスはインターフェロンという生体防御に関与する物質の産生を低下させることが明らかになっていますが[5]、CBDはこのインターフェロン抑制を阻害する作用があることが今回のデータからは示されました。
ここまではいずれも培養細胞を使った基礎研究の領域ですが、この論文では疫学的データにも言及されています。合衆国ではCBD製品が広く流通しているので、本当にCBDに抗ウイルス作用があるなら、実際にCBDを使用している人に効果が出ているはずと考えたのです。
調査に使用されたのはシカゴ大学が保有する93,000人の新型コロナに対する検査結果です。全体では検査を受けた人の10%がコロナ陽性でした。
ところがカルテ上でなんらかの大麻製品を使用していると記録されていた方では、陽性率は6%でした。さらにCBD製品を使用している方では1.2%まで低下するのです。このCBD製品を使用している人ではその他のカンナビノイドを摂取している人と比べて保護効果が高いという結果は、彼らが基礎研究で示した結果と一致しています。
しかしこれには交絡因子の関与の可能性があります。(CBDを使用している人はそもそも健康意識が高く、CBDと関係なくコロナに感染しづらいのかもしれません)
この可能性を除外するために、Epidiolexを処方服薬している82名と、背景を一致させた82名を抽出し検査の陽性率を比較したところ、CBDを服用していない群では12.2%であったのに対して、使用している群では1.2%と10倍の差が認められたのです。[4]
コロナ治療におけるCBDのメリットは数多く挙げることができます。まず現行の法律の上で使用に問題がないことです。日本で流通するCBDは純度が高く、この用途には適しているといえます。そして注射が必要なく、病院への受診も必要がないことは医療へのアクセスが制限されている国では大きなメリットになります。摂取方法も内服以外にも吸入など様々なルートがあるので、どのような方でも使用しやすいのも利点でしょう。またCBDは細胞内で作用するため、S蛋白が変異した株にも理論上は効果が期待できます。そして何より安全性の評価が確立されていることです。
逆にこの研究の問題点としては、どれくらいの量のCBDを服薬しているかわからない点が挙げられます。市場で販売されているCBD製品が依然として高額であること、そして製品のクオリティーにばらつきがあることを考えると、どのような製品をどれくらい摂取すべきなのかという点に関してはこの研究からは答えが得られません。
そしてこの論文は第三者の査読や時の試練を経ていません。科学的報告の大半は時の試練を越えられずに淘汰されることを考えると、現時点では慎重な判断が求められることは間違いがないでしょう。今後、その他の研究チームからの報告、そして前向きの介入試験の実施が望まれます。
参考文献:
1: https://www.greenzonejapan.com/2020/04/08/covid-19/
2: https://www.greenzonejapan.com/2020/05/15/covid-19-2/
3: https://www.preprints.org/manuscript/202004.0315/v1
4: https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.03.10.432967v1.full
5: https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00081.html
文責:正高佑志(Green Zone Japan 代表理事。医師。日本臨床カンナビノイド学会理事。)
コロナ感染症をCBDの内服で予防出来るという可能性が示された研究で大変興味深いですね。