医療大麻に関する取材などでよくある質問の一つに、“合法地域では医療大麻はどのような用途で用いられているのですか?“というものがあります。
これは素朴な疑問ですが、答は実は簡単ではありません。なぜなら地域毎に医療大麻が意味する内容が様々だからです。
まずはアメリカ合衆国における医療大麻使用の実情についてのデータを見ていきましょう。1
2020年9月にJournal of Cannabis Researchに掲載された“米国における医療大麻使用:後方視データベース研究“という論文は、CB2 Insightsという企業に所属する4名の研究者により書かれています。
同企業は医療業務と医療情報技術の開発を行っており、米12州でクリニックを運営しています。この研究では2018年10月から2020年3月までの1年半の期間に、同社が運営する33箇所のクリニックに医療大麻の許可証を求めて受診した18歳以上の61,379人のデータを後ろ向きに解析しました。データを提供したクリニックは以下の州に分布していました。(カッコ内は軒数)
コロラド州(6)、コネチカット州(1)、デラウェア州(2)、イリノイ州(1)、メイン州(1)メリーランド州(1)、マサチューセッツ州(10)、ミズーリ州(1)、ニュージャージー州(5)、ニューヨーク州(1)、ロードアイランド州(2)、ペンシルバニア州(2)
患者の平均年齢は45.5歳(SD=15.8)で、54.8%が男性でした。人種的には白人が87.5%を占めました。世帯収入の中央値は69,481ドル(約770万円)でした。
患者の66.9%は過去に大麻を使用した経験がありましたが、大麻以外の違法薬物の使用が認められたのは0.4%であり、薬物乱用の病歴があるのは5.6%に留まりました。
患者の82.4%に、主訴以外の何らかの併存疾患が認められました。5種類以上の病気を抱えていると回答した割合は19.4%でした。
医療大麻以外に併用している治療には以下が挙げられました。
運動(42.1%)、マッサージ(21.6%)、カウンセリング(18.3%)、カイロプラクティック(18.0%)、鍼灸(9.2%)、マインドフルネス認知療法(8.4%)、アロマセラピー(6.3%)、認知行動療法(5.7%)、理学療法(5.5%)、ホメオパシー(5.2%)、レイキ(3.8%)、ナチュロパシー(2.9%)、依存症カウンセリング(1.9%)、なし(40.6%)
患者が医療大麻を使用する主訴は、多い順に以下の表の通りでした。何らかの痛みを伴う症状と不安、不眠、うつなどの精神科領域の症状が多いことがわかります。
また着目すべきは頻度が1%以下だった使用目的です。回答者の中には以下のような病気・症状に対して医療大麻を使用している方が含まれました。(カッコ内は使用人数)
神経痛(580)、脊髄損傷・脊髄疾患(574)、緑内障(480)、クローン病(472)、ストレス(418)、多発性硬化症(396)、過敏性腸症候群(364)、気分障害(271)、急性疼痛(253)、腸炎(244)、エイズ・HIV感染(224)、オピオイド依存症(183)、側弯症(156)、食欲刺激目的(152)、パーキンソン病(148)、C型肝炎(133)、抗がん剤に伴う吐き気(108)、自閉症(57)、体重減少・悪疫質(56)、運動障害(46)、拒食症(42)、強迫障害(41)、振戦(38)、アルツハイマー型認知症(26)、双極性障害(25)、トゥレット症候群(10)、その他(1022)
この研究と、これまでの先行研究の結果からアメリカの医療大麻使用については以下のことが言えるでしょう。
・主要な目的は痛みと精神科領域の症状
・適応疾患は多岐に渡り、使用者の少ないものを併せると200以上の用途がある
・使用者の多くは複数の病気を抱えている
・使用者の収入は地域の平均収入よりも高い
・標準治療や代替療法に加えた選択肢の一つとして医療大麻を活用している
また上記の論文の中では、使用している“医療大麻“の内容については述べられていません。これは患者がクリニックで貰えるのは許可証であり、実際の製品はディスペンサリーと呼ばれる大麻専門の薬局で購入することになるからです。なのでこちらの調査に回答した患者6万人がアクセスしているのは、代替医療であるということに注意が必要です
一方、ドイツにおける状況はまた異なるようです。
2021年2月にドイツ国内の医学雑誌に投稿された“医薬品としての大麻、3年間の記録“という論文はボン大学の緩和ケア医であるガブリエル・シュミット・ウルフらによって書かれています。2
ドイツでは2017年から医療グレードの大麻草花穂や、大麻成分を含有する医薬品が医師によって、保険診療の範疇で処方可能となっています。しかし実験段階に近い現時点では、保険診療内で医療大麻を処方した医師には全例の報告義務が伴っています。制度の開始から3年で集まった、10,010例の報告を解析したのが上記の論文になります。
まず注目すべきは患者数です。
先ほどのアメリカの医療大麻使用に関する調査が、ごく一部のクリニックに1年半で受診した患者だけを対象として6万例のデータが集まっていたのに対して、こちらのドイツの報告は3年で保険診療制度に登録された全例を対象としているのにもかかわらず、1万例に留まっています。これはドイツの医療大麻使用がアメリカに比べてハードルが高いことを示しています。
患者さんが医療大麻を必要とした症状・病気は多い順に以下の通りでした。
ドイツにおいても痛みが最も頻度の高い用途であることはアメリカと違いがありませんが、アメリカでは慢性痛が用途の40%弱であったのに対して、ドイツでは70%を超えています。それ以下には痙性、拒食症など標準医療での治療選択肢が乏しい病名が並んでいます。
供給される”医療大麻”の実情も、ドイツでは異なることが明らかになりました。
アメリカでは先述の通り医療大麻は代替医薬品として流通しているため、ディスペンサリーで販売されるのは花穂やティンクチャーが中心となり製品のラインナップは無限に近いバリエーションが認められます。
一方で、ドイツの保険診療内で最も頻繁に使用されているのは、合成THC製剤であるドロナビノール(マリノール®︎)で、シェアの65%を占めていました。次いで花穂が18%、THC:CBDを1:1で含有するサティベックス®︎が13%という内訳です。
また本調査では、どの診療科の医師が医療大麻を処方したのかのデータも示されていました。最も多かったのは麻酔・緩和ケア科で、これはドイツで医療大麻が鎮痛の手段として用いられることを考えると納得です。次いで、家庭医(クリニック)、脳神経内科、一般内科、リハビリテーション科、整形外科、精神科という順でした。
これらの結果から、ドイツの保険診療内における医療大麻使用は以下のような特徴があると言えるでしょう。
・適応症は痛みと標準治療で対応が難しい症状
・アクセスのハードルは高くアメリカで見られる精神科領域への使用は盛んではない
・保険診療でカバーされ得る一方で、使用できる製品のバリエーションは乏しい
・アメリカでの医療大麻が代替医療主流あるのに対して標準医療の一部としての扱い
・医師のみが処方可能で企業は直接販売できない
日本においても昨今、医療用途の大麻使用に関しては部分的に解禁していく方針が厚労省によって示されましたが、具体的にどのような患者層を対象に、どのような規制下で、どのような製品が使用できるようするのかという点に関しては踏み込んだ議論は行われていません。
一言に医療大麻と言った際に国毎に大きな違いがあることを認識し、日本の実情に即した制度を検討・提案していくことが重要と言えます。
参考文献:
1)https://jcannabisresearch.biomedcentral.com/articles/10.1186/s42238-020-00038-w
2)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33564897/
文責:正高佑志(Green Zone Japan代表理事。医師。著書に”お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)”)
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