昨今の健康志向の高まりに伴い、ランナーズ・ハイという言葉は広く市民権を得てきています。有酸素運動を一定時間・一定強度以上で継続することで得られる多幸感を指す概念であり、“急に足が軽くなった“、“どこまでも走れる気がした“などの体感を伴うようです。
この現象がどのような人体のメカニズムで生じるのかについては長らくの間、内因性オピオイド(β-エンドルフィン)が主要な役割を果たしていると考えられてきました。しかし近年、医療大麻やエンドカンナビノイドシステム(ECS)の研究が進むにつれて、ECSこそがランナーズハイのキープレイヤーであることが明らかになっています。
(※エンドカンナビノイドシステムについては拙著「お医者さんがする大麻とCBDの話」をご一読ください。)
2015年にドイツ・ハイデルベルグ大学精神医学教室の研究者であるFussらが、マウスを使った実験で、ランナーズハイの発生に伴いアナンダミドが大量に分泌され、カンナビノイド受容体をブロックすることでランナーズハイが抑制されることを示し、世界で初めてランナーズハイ=ECS仮説を提唱しました。
それに続き、2019年にはアイオワ州立大学運動療法学教室のJacobらが人を対象とした興味深い報告を行っています。
彼らはうつ病の女性17名に有酸素運動をさせ、運動前後のエンドカンナビノイド(アナンダミド、2-AG)の増減を比較しました。すると運動後にアナンダミドの著しい増加と鬱症状の軽減が確認されたのです。
また2021年にはドイツのハンブルグ大学エッペンドルフメディカルセンターのSiebersらが、人を対象とした同様の実験結果を報告しています。
Siebersらは63名の被験者にランニングマシーン上で45分間のランニング負荷を与えました。すると歩行負荷と比較し、有意な多幸感と不安の軽減が得られました。また血中のエンドカンナビノイドを測定すると、アナンダミドと2-AGの双方が上昇していることが確認されました。
また被験者にオピオイド受容体遮断薬(ナロキソン)を投与し、エンドルフィンの作用をブロックしましたが、運動によって誘導された多幸感と不安の軽減に変化はありませんでした。この結果から、Siebersらはランナーズハイに最も重要なのは内因性オピオイドではなく内因性カンナビノイドであると結論しています。
内因性カンナビノイドがうつ症状を軽減する可能性があることはその他の研究でも繰り返し示されています。2021年にはローマ大学のBersaniらの研究チームが、うつ病患者12名の内因性カンナビノイド値を測定したところ、うつ病の重症度と2-AGの血中濃度に逆相関があることを示しました。この結果をBersaniらは、うつ症状を緩和するために2-AGが代償性に活性化していると解釈しています。
日本において、うつが深刻かつ一般的な問題であることに議論の余地はありません。エンドカンナビノイドシステムを上手に活性化することができれば、多くの人にとって福音となるはずです。
大麻やCBD製品を使用することがECSに刺激を与えるのはもちろんですが、運動と大麻以外にもECSを活性化する方法は数多く存在します。
・必須脂肪酸を摂取すること
・カカオを摂取すること
・βカリオフィレンを摂取すること
・コーヒーを飲むこと
・残留農薬やプラスチック製品を避けること
・お酒を控えること
・瞑想、ヨガ、マッサージ、呼吸法の習得など
・鍼灸治療
・寒冷刺激
などはいずれもエンドカンナビノイドシステムを整える作用があると考えられています。(参考1、2)
皆さんの日常生活にも可能な範囲で取り入れてみてはいかがでしょうか。
執筆:正高佑志(Green Zone Japan代表理事。医師)
コメントを残す