ケタミン補助精神療法と DEA訴訟
— AIMS Institute の創設者に訊く(前篇)—

2021.10.26 | GZJ 海外動向 | by greenzonejapan
ARTICLE
ケタミン補助精神療法と DEA訴訟
— AIMS Institute の創設者に訊く(前篇)—
2021.10.26 | GZJ 海外動向 | by greenzonejapan

みなさんは “Psychedelic Renaissance(幻覚剤ルネッサンス)” という言葉を聞いたことがあるでしょうか。欧米では今、シロシビン、LSD、MDMA をはじめとする幻覚剤を、PTSD、うつ病、依存症などの精神疾患の治療に使うための研究が急速にその勢いを増しています。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学ニューヨーク大学ランゴーン医療センターマウントサイナイ医科大学、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンをはじめとして、権威ある研究・教育機関の数々が幻覚剤の研究を行っており、MDMA による PTSD 治療シロシビンによるうつ病治療をはじめ、進行中の基礎研究や臨床試験は枚挙に暇がありません。

同時に幻覚剤を取り巻く法律改正もここ数年で急速に進んでおり、アメリカではすでに、オレゴン州デンバーオークランドサンタクルーズワシントンDCシアトルが、売買を伴わない個人栽培・所持・使用を非犯罪化していますし、イギリスでもボリス・ジョンソン首相がシロシビンの合法化に前向きな姿勢を示しています。

幻覚剤の医療効果に対する期待は大きいものがありますが、とは言うものの、これらが完全に合法化され、規制の枠組みが整って、合法的に治療を受けられるようになるのは、早くてもまだ数年先。そんななかで唯一の例外がケタミンです。

ケタミンは、もともとは 1970年に麻酔薬としてアメリカで承認された解離性薬物ですが、近年、その幻覚剤様の作用がうつ病の症状改善に役立つことが発見されました。正式には麻酔薬としてしか承認されていませんが、医師には、うつ病その他の精神障害に対して適応外処方することが認められています。それによってケタミンは、幻覚剤合法化ムーブメントの先鋒に立つ、合法的に処方が可能な治療薬として注目され、ケタミン・クリニックが多数誕生しています。

Green Zone Japan が協力関係を結んでいるシアトルの  AIMS Institute も、ケタミンを使った治療を受けられる統合医療クリニックの一つです。AIMS の共同創設者であるスニル・アガルワル博士にお話を伺いました。



GZJ:
ケタミン補助心理療法(KAP)について伺います。AIMS Institute ではいつ頃からこの治療を行っているんですか?

Sunil Aggarwal(以下 SA):私個人は、AIMS を設立する前から使っています。PTSD、うつ病、激しい疼痛の治療薬としてケタミンを使うようになって4年ほどですね。最初の患者が 2017年だったと思います。

GZJ:がん治療の一環としてこの治療を受ける人もいると聞きました。がんに伴う精神的な苦痛をやわらげるのにも有効ということでしょうか?

SA:はい、がんをはじめとするさまざまな、患者が精神的に落ち込みやすい重篤な慢性疾患の治療に役立ちます。たとえばがんのように生命に関わる病気と診断されると患者は生きる気力を失ったり、人間関係や、人生や将来に対する見方など色々なことに変化が起こりますよね。

これは、病気を治すのではなく患者というその人全体を治療する、という伝統から来る考え方です。マインドもボディも全部含めてね。これは私たちの仮説ですが、こういう治療は精神的な苦痛を軽くし悲観的な考え方を弱めるだけでなく、免疫力も高まるのではないか、それによってがんの標準治療にもよりよい反応があるのではないか —— これはまだ仮説ですが、それを科学的に検証しようとしているところです。でも少なくとも、ケタミンに限らず幻覚剤を使った治療ががん患者の気分障害や士気阻喪の改善に役立つということはわかっています。

GZJ:先ほど PTSD やうつ病の患者にも使うとおっしゃいましたね。そのためにケタミン療法を求めてくる患者がいるわけですか?

SA:そうです。肉体的には健康だけれども心理的な問題 —— PTSD、うつ病、不安神経症、強迫性障害、摂食障害や依存症についても初期段階の研究がありますが —— にはどれもケタミン補助心理療法は有効です。科学的エビデンスは 100% とは言えませんし FDA はこの適応を認めていませんが、実際にこの療法がたくさんの患者の役に立っていることがわかっているので、米国精神医学協会はガイドラインを制定しています、医師が正しくこれを使えるようにね。

AIMS には心理療法士や精神科のナース・プラクティショナーもいますし、スタッフの多くはトラウマの治療に精通しメンタルヘルス・スクリーニングのやり方もわかっています。ですから通常の治療の補完療法としてケタミンを利用することを歓迎しますし、認知行動療法、疑似体験療法、投薬療法といった標準的な治療法を試した患者の方から求められることもあります。残念ながらこうした治療は PTSD にはあまり効果がないし、うつ病の場合もそうです —— うつ病は治すのが難しい。そしてこれらは複雑な問題で、単に生化学的な問題ではなく、環境やその人の置かれた状況、トラウマ体験など色々なことが関係しています。

心理療法としてのケタミン はいくつかの次元でそのような問題に奏効します。行動や思考のパターニング(様式形成)を変化させるからです。だからこの分野で有望視されていますし、将来的には、標準治療の前にまずこれを試すようになるのではないかと思います。

GZJ:実際に KAP を受ける場合の流れについて伺います。ケタミンの投与の前に、準備のミーティングが2回あるわけですね?

SA:そうです。ケタミン投与のセッションは2〜3時間かかりますしとても強烈な体験ですから、念入りに準備をします。セッションをガイドする人と良い関係を持つことが重要ですし、患者は脆弱な立場に置かれますから、ガイドが自分を理解している、と安心できなければなりません。非常にパワフルな癒やしの場ではありますが、その場はきちんと保たれなければならない。だから、初対面でいきなりセッションを持つのではなくて、まず患者とガイドが知り合う必要があります。

最初のステップはスクリーニングです。ケタミンがその患者の治療の選択肢として適切かどうか。他に摂っている薬との薬物相互作用はないか。セッション中血圧が上がることもありますから心臓機能のチェックも必要です。こうした医学的なスクリーニングの次に、心理的にこの治療を受けられるだけ安定しているかどうかをスクリーニングします。この2つは一度に行うことも2回に分けて行うこともあります。それによって、ケタミンを処方していいかどうかを確認するわけです。それからリスクとベネフィットを理解してもらい、同意書に署名するといった作業があります。

次にセッションの準備に入ります。このケタミンのセッションで具体的に向き合いたい問題は何なのか…..気分障害なのか、何かを手放したいのか、癒やしたい傷があるのか、などを話し合います。医者が患者にああしなさいこうしなさいと言うのではなくて、患者と医者が一緒に治療に参加するわけです。あなた(患者)は何が必要だと感じていて、私(医者)はどうしたらそれを手伝えるのか。これを「意図設定(intention setting)のセッション」と呼びます。ゴールの設定ですね。それと、セッションに向けた準備も詳細に説明します。たとえばケタミン投与の数時間前は何も食べてはいけないとか、水はたくさん飲んだほうがいいけれど飲みすぎてセッション中にトイレに行く必要がないように、とか、他に飲んでいる薬をその日は飲まない方がいいとか時間をずらした方がいいとか、そういうことです。

この時点ではケタミン投与のセッションがいつであるかは決まっています。実際の投与の前にこのような準備を行い、投与のセッションがあって、それから後日「統合(integration)」のセッションがあります。これは非常に大きな変化を生む強烈な体験ですからね、治療の前も、治療中も、その後も、私たちがしっかり監督します。ただクリニックに来て、ケタミンを投与して、ハイおしまい、ではないんです。

GZJ:たとえば PTSD なり依存症なり、「治したい」と思う問題がある人は、何回くらいこのセッションを受ければいいんですか?

SA:これはまだ新しい分野ではあるんですが、一般的に言うと、ケタミンには脳機能マッピングを新しくする、あるいはニューラルネットワークに新しいパターンを作る作用があるんです。そしてその変化はすぐに起こります。動物実験では、ケタミン投与後 24時間経たずに新しい神経の樹状突起ができることが示されています。脳由来神経栄養因子と呼ばれるものが放出されるんですよ。

ケタミンを投与しただけで、統合セッションとか何もしない場合、この作用は 10日ほどで弱まり始めます —— 7日から 10日くらいでね。だから私たちは通常、1回目のセッションをして、数日から最長1週間で統合セッションをし、それから2回目のセッションを受けることを勧めます。その頃までには1回目のセッションの効果が薄れてきている可能性がありますが、変化は起き始めているんです。だからその勢いをキープしないといけない。それには2回目のセッションが有効です。私たちは常に、最低2回のセッションと統合セッションを勧めます。

2回目のセッションには準備セッションは要りません。つまり、準備セッション →1回目の投与 → 統合セッション →2回目の投与 → 統合セッションというふうになります。(1回目と2回目の間がすごく開いてしまえば別ですが。)たとえば1週間おきにセッションをする、と決めて、2回、3回、4回、中には5回セッションを受ける人もいます。これはみな、その患者のニーズや、どれくらい迅速な治癒のプロセスを望んでいるかなどによって変わります。途中で用量を調整したりもしますし、とても慎重でゆっくり進みたい人もいる。だから人それぞれではありますが、だいたい2回から3回のサイクルでさまざまな疾患が改善されるように見えます。

PTSD や依存症には Cue(引き金)と言われるものがあって、それを手放す必要があるので、依存症のカウンセラーなりグループセラピーなり、体系立ったサポートが必要な場合もあります。行動活性化という段階があって、自分は自分の価値観にしたがってこういうふうに行動したい、と思うようになり、そしてそれを行動に移します。そういう変化を支える場が必要なんです。

セッションの他、ケタミンのトローチを処方することもあります。自宅でそれを使うことで、ケタミンによる変化を長引かせることができる。ガイドによるセッションはお金も時間もかかるし強烈な経験で、治療の初期にはそれがとても効果的ですが、患者が慣れてきたらトローチも使うんです。調剤薬局がケタミンのパウダーにフレーバーを付けたりして口の中で解ける錠剤にするんですよ。口の中で 10分くらいそれを転がして吸収を最大限にします。

GZJ:それをいつ家で使うかは患者が決めるんですか?

SA:指導はします。たとえばクリニックでのセッションを定期的に受けている人なら、家では週に一度やるといいでしょう、というふうにね。安全に行うためのガイダンスや、かけるといい音楽や、アイシェードをした方がいいとか、そういうアドバイスもします。誰かが一緒にいた方がいい人もいますしね。そしてフォローアップのための統合セッションも行います。ケタミンを使うことで表面に出てきたことをプロセスする場が必要ですから。

トローチを家で使うのは週に1回だったり2回だったり、3回のこともあります、その人のニーズ次第です。注射によるセッションと組み合わせるととても効果的です。他の治療法を組み合わせることも可能です。

ケタミンの注射によるセッションを少人数のグループで行うプログラムも提供しています。すでにケタミンを使ったことのある人数人に同時に注射をするんです。グループで意図を設定して、セッションをして、1週間後にまたグループで統合セッションを行う。疾患によっては非常に効果があるグループセラピーの長所を生かすやり方です。費用もこちらの方が低額です、一対一のセッションよりも効率がいいですからね。私たちだけではなく、アメリカの、いや世界中のケタミン・クリニックの多くがこの方法を採用しています。

今でもケタミンを点滴で静脈注入するクリニックも多いですが、私たちは高用量のセッションでは点滴は使いません。点滴バッグにつながれているというのは病院っぽいし、私たちはもっと、その患者のこれまでの人生とか、信念とか、もっと深いところに踏み込みたいからです。点滴を行うクリニックの多くは患者のそばにガイドが付いたり準備をすることもありません。そこが私たちのやり方との違いですね。でもケタミンを点滴するクリニックは世界中にあります、日本にもあるでしょう?

GZJ:ないと思いますけど。

SA:そうなんですか? ケタミンは WHO の規制薬物にも指定されていないし、世界的に、非常にアクセスしやすい薬物の一つですよ。

筆者注:日本では現在、欧米で使われているケタミンのS体に対し R体をベースとした新薬の開発が進んでいるそうです。https://www.otsuka.co.jp/company/newsreleases/2021/20210316_1.html

 

GZJ:用量について伺えますか?

SA:高用量のケタミンは麻酔薬として使われます。ケタミンは世界中で最も広く使われている麻酔薬です。呼吸を抑制せず余計な機器が不要で使いやすいですからね。ですから人工呼吸器のない開発途上国などでも使われます。

精神療法に使う場合はそれよりも低用量です。基本的には体重1キロあたり何ミリグラムを摂るかで総用量が決まります。鎮痛のための非常な低用量なら体重1キロあたり 0.1〜0.3 ミリグラムぐらい。0.5ミリグラムというのが点滴によく使われる用量で、あまり深い精神作用はなく、何度も繰り返して注入する場合です。0.8〜1.0 ミリグラムという段階があって、その上が 1.0〜1.5 ミリグラム、私たちのクリニックではだいたいそれくらいです。ただし患者の中には、2.0 ミリグラム、2.1 ミリグラムまで行く人もいます。2.5 ミリグラムとか 3.0 ミリグラム以上になると眠ってしまって患者はほとんど何も覚えていません。

私たちは患者の意識を失わせたいのではなくて、そこに変化を起こしたいわけです。覚醒している状態と夢を見ている状態の間にあるトワイライト・ゾーン、つまり意識変容状態ですね。これは非常に強力な癒やしの力があり、大昔から伝統医療で使われてきました。たとえばシロシビンなどもその目的で昔から使われてきたものですが、1970年に薬として使うのが違法とされたために、研究以外の目的では今は使えません。それを変えようと努力してはいますが。

GZJ:そう、そのお話を是非聞かせてください。

後編に続く>
後編では、シロシビンの使用を求めて Dr. Aggarwal が DEA を相手取って起こし、
現在係争中の訴訟について伺います。

< English Version >

 

インタビュー・文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

«
»