— AIMS Institute の創設者に訊く(後編)—
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GZJ:DEA(麻薬取締局) を相手取った訴訟を起こされたと伺いました。
SA:ええ、患者2名、AIMS Institute と私自身が原告となっての訴訟です。私たちは DEA に、研究のためのシロシビンを政府の許可を得て製造している会社からシロシビンを購入する許可を申請したんです。患者にはそれを入手する権利があるんですよ、アメリカには Right To Try(試す権利)という連邦法がありますから。これはまたワシントン州とその他 44州の州法でも定められています。
この法によれば、生命を脅かす重篤な疾患のある人は、FDA が定める新薬承認のための臨床試験の手続きのうち、少なくとも第1相を終えて安全が確認されている薬であれば、どんなものでも使う権利があるんです。重篤な病気の人は、それが新薬として承認されるまで待てないわけですからね。ですからこの法律は、そうした患者のために制定されたもので、その薬の製造会社がイエスと言えば(断る権利もあるんですが)、患者は医師を通じてそれを手に入れることができます。規制物質だろうがなんだろうが、薬に例外はありません。
現在さまざまな幻覚剤の臨床試験が行われています。中でもシロシビンは有効な結果がたくさん出ていて、第1相、第2相だけでなく第3相に進もうとしています。それなのに DEA は私たちの申請を却下して、Right To Try 法に従う必要はない、研究で使うのではなく患者にシロシビンを使うことは絶対に許さないと言う。そこで私たちは DEA を訴えることにしたわけです。
私の弁護士が法律事務所と相談し、検討の結果、DEA は Right To Try 法を曲解している、申請を認可すべきだという結論に達したので、DEA より上位の権限を持つ、西海岸のアメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判所に告訴したんです。裁判所は私たちの告訴を取り上げ、書面で意見書を提出するよう指示されました。政府も意見書を提出しました。それに対する弁論趣意書も提出し、それからさまざまな人が、私たちの主張を支持する法廷助言書を出してくれました。政府の意見書に賛同する人は誰もいませんでしたよ、全員私たちの味方です。
GZJ:グリフィス博士も支持していると伺いましたが?
SA:ええ、ローランド・グリフィス博士ですね。賛同者になってくれました。それと彼の同僚のマシュー・ジョンソン博士。2人ともジョンズ・ホプキンス大学の研究者です。ジョンソン博士は精神薬理学が専門で臨床心理学者ですが、私はずっと以前、彼がシロシビンを使って禁煙に成功したという研究の成果を発表したときに会ったことがあります。その彼はつい昨日、煙草依存症の治療にシロシビンを使う臨床実験のために政府から研究資金を得たと発表しました。臨床試験の許可を得ただけでなく、そのために税金を使う許可を得たわけです。つまり政府は、この研究には税金を投入する価値があるとする一方で、いや、患者にこれを処方するのは危険すぎる、と言っているんですよ。末期がんの患者にこれを使うのもまかりならぬ、とね。めちゃくちゃな状況なんです。DEA はまるで離れ小島です。だから私たちは裁判所の仲介を求めたわけです。
実は弁護団のリーダーの他に、私たちの側に立って意見を述べてくれた弁護士がもう一人います。ワシントン州の司法長官です。司法長官というのは、こういう裁判でワシントン州の住民全員を代表する立場です。たとえばトランプがイスラム教の人の入国を禁止しようとしたときもそうでしたし、ワシントン州住民の権利を守るために再三活躍しています。彼らは私たちの裁判についても私たちを支持してくれています。Right To Try 法はワシントン州の法律でもあり、州議会では全会一致で制定された法律なのだから、我々は医師らが患者に必要なものを求める権利を支持する、と言ってくれたんです。他にも8つか9つの州の司法局が賛同してくれています。
ですから私たちには、数州の司法長官の連合や、マシュー・ジョンソン博士のような専門家や、第一線の研究者、緩和ケア界のリーダー、病院、法律学の教授など、多数の味方がいるんです。裁判所が彼らの意見に耳を傾けて、DEA がシロシビンの処方を承認し、他の人にも同じ目的で使えるようになることを願っています。
↓ アメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判所でのヒアリング
GZJ:Right To Try 法と Compassionate Use Act はどう違うんでしょう?
SA:Compassionate Use Act というのは FDA が運営する制度で、基本的には臨床試験の延長線上にあります。臨床試験中の薬を誰かが使いたいと言うと、FDA は、では申請してください、検討します、となる。理論上は良い制度ですが、実際にはなかなか薬が使えるようにならないし時間がかかります。この制度が誰に適用されるかは FDA の気分次第なところもあるし、手続きも煩雑です。Right To Try 法はそういう煩雑さをなくしてもっとシンプルにするものです。薬の製造会社または販売業者に直接患者の同意書を提出する。Compassionate Use と競合するものではなくて、生命を脅かされる疾患の患者のために、より迅速な入手経路を提供するものです。入国ビザと同じですよね。通常は時間のかかるプロセスを、必要な場合はより迅速に行えるようにしようという。もう一つ違うのは、Right To Use 法は創薬プロセスの一部ではないということです。FDA はこの薬の使用データを要求することはできるが、それを新薬の承認の判断材料にすることはできません。この法律が FDA の権限を侵害するものではないかという懸念の声はありますが、そうではない。あくまでもこれは、死期が近い患者が薬を入手しやすくするためのものなんです。
GZJ:原告となっている2名の患者さんは末期疾患(terminal)の患者さんなんですか?
SA:そうです。ただし私たちは「末期」という言葉はあまり使いません。私たちは実験的なクリニックです。その患者が末期である、というのは、もう何もかもわかっています、という前提に立っている。たとえばこれまでの標準治療の結果からくるデータは、こういうタイプの転移乳がんの5年後の生存率はこれくらいだと言っている、だから末期だ、というわけです。あるいは承認された治療薬がない場合もです。でも、標準治療以外の統合治療・補完治療を行った場合、そのデータが当てはまるのでしょうか? 分かりませんよね。「末期」というのは、余命2年? 3年?1年、あるいは半年? 分からないわけです。だから私は「生命を脅かす」とか「重篤な」疾患、という言い方の方が好きです。
原告になった患者のうちの一人は治療が困難なトリプルネガティブ乳がんのステージ IVです。もう一人は卵巣がんで、ステージ III だったんですが、現在は経過観察中、でも以前すでに再発していますし、BRCA遺伝子が変異した非常に侵襲性の高いがんなんです。ですから私は二人ともこの法律をあてはめる条件を満たしていると思います。州法はその判断を医師に委ねています。そもそも医師というのは、誰がホスピスケアを受けるべきかという判断をしているわけですからね。現在では多くの州で認められている Aid In Dying という法律についてもそうです。患者が致死性の薬物を摂るという決断をする権利、またいつそれをするかを決める権利が認められているんです。ただしそれは医師が余命6か月以下と判断した場合に限られます。つまり医師はすでに、そういう大きな決断をしているわけです。
GZJ:シロシビンを試したい、というのは、その2名の患者さん自身の選択だったんですか? その2人はこれまでケタミンも試したことがあるんですか?
SA:はい。シロシビンを試したいと言う患者さんはたくさんいるんですが、私がこの2人を選んだのは、私が直接診療していたということと、その2人には、この分野 —— がん治療、あるいはもっと広く統合医療の進展の役に立ちたいという意志があるからです。自分の病気という非常にプライベートなことを公にする、というこの2人の強い意志がなければこの裁判は成立しなかったわけですが、2人とも AIMS で、ケタミンや、心理的・精神的側面を含めたがん治療というものを受けていました。
誤解しないで欲しいんですが、ケタミン療法が有用でないと言っているのではないんです。他に手段がないときにケタミンは非常に役に立ちますが、シロシビンはもっと強力な効果があるように思えますし、そういうものが必要な場合もあるんです。仮に両方が選択肢であってもケタミンを選ぶ人はいるでしょうし、歴史的に人々は、ケタミンと、シロシビンその他の幻覚剤を組み合わせて使っています。医療とはそういうものです。麻酔薬だって2種類以上を使うことがあるし、症状の改善のために2種類以上の薬を使う必要がある場合もありますからね。
GZJ:最後の質問ですが、仮に日本から依存症の患者が来て数週間滞在し、ケタミン補助療法のセッションを数回受けたとして、依存症が治癒する可能性はあるでしょうか?
SA:大いにありますね。ニューヨークで行われた、コカインの依存症患者を対象にした臨床試験があるんですが、非常に効果があるという結果が示されています。もちろん、重症度であるとか、本人に治療の意志があるかどうかなど、詳細な情報と事前のスクリーニングは必要ですし、他の面でのサポートも必要だと思いますが、AIMS は同じ建物の中に依存症治療センターがあって協力関係にあります。
GZJ:なるほど、それは期待が持てますね。裁判の結果を楽しみにしています。本日はありがとうございました。
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< English Version >
インタビュー・文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)
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