大麻が世界中で使用される医療品、および嗜好品であることに疑問の余地はありませんが、その意義についての研究や調査は現時点では医療目的の用途に限られており、人生の質に与える影響=嗜好品としての意義についての調査はほとんど行われたことがありません。大麻と幸福度については、過去にこちらの記事で紹介したことがありますが、今回は、2022年2月にブラジル・サンパウロ州立大学精神科教室の研究チームから報告された内容について解説します。
この調査はブラジル国内在住の大麻使用経験者を対象に、Googleフォームを利用した調査票とFacebookページを用いて、大麻使用と社会背景、自身の生活の質や幸福度、うつ・不安のスコアなどについて、無記名でのアンケートを行った研究となります。これは我々が昨年行った、日本国内の大麻使用者を対象とした研究調査と、類似の手法を用いた研究ということになります。
回答募集は2015年5月から2016年12月までの一年半にかけて行われ、合計で9499件の回答が集まりました。そのうち18歳以下60歳以上の回答者や、海外在住の者を除外し、最終的に785名の非大麻使用者と6620名の大麻使用者が解析対象となりました。(非大麻使用者とは一度も使ったことがない者と過去一ヶ月は大麻を使用していない者を含む概念です)
さらに大麻使用者は1:機会喫煙者(1268名)2:習慣喫煙者(4781名)3:問題使用者(571名)の三つの区分に分類されました。(機会喫煙者とは大麻を使用できる環境であればときどき使用する程度のユーザー、習慣喫煙者とは大麻を頻繁に使用するが特に問題は自覚していないユーザー、問題使用者とは頻繁に使用し、かつ大麻に関連する問題が生じているユーザーを意味します。これらの区分は自己判断で行われました)
まずこの区分から、大麻使用者のうち問題を抱えているユーザーの割合は8.6%であることがわかります。この数字は我々が行った調査結果(9.5%)と非常に近い値と言えるでしょう。大麻使用に基づいて分類された4グループ(1:非使用/2:機会使用/3:習慣使用/4:問題使用)の間に、幸福度や生活の質、不安や鬱のスコアにどのような違いがあるか?というのが本調査の主要な目的となります。
○大麻使用者の特徴について
背景因子に関するデータからは、大麻使用の頻度が高いグループ(1→4)ほど以下の傾向があるように見受けられます。
1:男性が占める割合が高くなる(42.7%/64.4%/75.6%/80.6%)
2:失業率が高くなる(15.3%/16.4%/19.0%/20.7%)
3:独居率が高くなる(21.8%/26.2%/27.4%/30.6%)
4:高卒以下の割合が高くなる(24.6%/39.2%/44.2%/44.7%)
5:貧困率(月収514ドル以下)が高くなる(34.9%/39.0%/43.0%/44.1%)
大麻使用頻度が高いほど、最終学歴や収入が低下する傾向があることはニュージーランドの大規模疫学調査でも示されています。(詳細についてはこちらの解説記事をご覧ください)これらの一連の特徴が大麻使用の原因なのか、もしくは結果なのかについては決着はついていませんが、大麻が一部で“負け犬のドラッグ“と称される所以はこの辺りにあるのでしょう。
薬物使用に関する調査項目からは、大麻使用の頻度が高いグループ(1→4)ほど以下の傾向が認められました。
1:初めて大麻を吸ったのが16歳以下の割合が高い(10.3%/29%/42.2%/45.4%)
2:大麻以外のドラッグ(タバコ、コカイン、覚醒剤、幻覚剤)の併用率が高い
一見して、大麻がその他のハードドラッグの入り口になっているとの主張を補強しそうなデータですが、これらのドラッグユーザーは大麻がない世界線でも、ハードドラッグに辿り着いていたと考えるのが妥当でしょう。(この点についての詳細は解説についてはこちらの動画をご覧ください)
○幸福度との相関について
これらの4グループと生活の質(QOL)について確認しましょう。本研究で使用されたのはWHO QOL-brefというスコアで、平均4.0点以上の回答者は良好なQOLと定義されました。(このスコアは身体的健康、精神的健康、社会的健康、環境的健康の4分野に細分類されますが、今回は総合スコアだけを紹介します。)
非使用者では良好とされた割合は52.7%でした。これが機会喫煙者では61.6%、習慣喫煙者では64.6%まで上昇しますが、問題使用者の群では38.5%まで低下するのです。
次にネガティブ感情とポジティブ感情の尺度であるPANASというスケールでの評価を確認します。ネガティブスコアで34点以上は負の感情が強い人に分類され、ポジティブスコアは20点以上でポジティブな感情が強い人とされます。
非使用者群では45.6%がネガティブな人であるのに対し、機会喫煙者では33.9%、習慣喫煙者では28.0%まで低下する一方で、問題使用者では60.1%がネガティブ感情の強い人に分類されました。(これは俗にいう“勘繰りがひどい状態“ということになるのかもしれません。)
ポジティブ感情については、非使用者の35.3%が“ポジティブな人“であったのに対して、機会喫煙者では49.4%、習慣喫煙者では55.6%が分類されました。しかしここでも、問題のある使用者群では30.6%に留まりました。
さらに人生に対する満足度をみていきましょう。使用されたのはDienerによる人生満足尺度(SWLS)という幸福度の総合指標として広く用いられている指標です。以下の5つの質問に7件法(1 全くそう思わない、2 ほとんどそう思わない、3 あまりそう思わない、4 どちらともいえない、5 すこしそう思う、6 かなりそう思う、7 とてもそう思う)で答えてもらい、5つの数値を足してもらうというものです。
人生満足尺度SWLSの質問:
ほとんどの面で、私の人生は私の理想に近い
私の人生は、とてもすばらしい状態だ
私は自分の人生に満足している
私はこれまで、自分の人生に求める大切なものを得てきた
もう一度人生をやり直せるとしても、ほとんど何も変えないだろう
スコアは5~35満点で評価され、本調査ではブラジル平均の23点以上を人生に満足している状態と定義しました。
大麻非使用者群では、ブラジル平均より満足度が高い人の割合は46.6%であり、機会喫煙者では55%、習慣喫煙者では61.9%でした。しかし問題のある使用者では36.4%という数字が示されました。
最後に、メンタルヘルスについて確認しましょう。ここではHADSという不安と抑うつのスコアが採用され、それぞれ8点以上は不安が強い状態、抑うつ状態と定義されます。
非使用者では不安が強い割合は47%、抑うつ状態33.6%でした。これが機会喫煙者ではそれぞれ30.4%、20.2%、習慣喫煙者では22.1%、12.8%と低下しますが、問題使用者では52.9%、41.9%と上昇します。
また、どのような特徴のある人が不幸せ(QOLが低い・不安が強い・抑うつが強い)かについての単変量解析では、上記全てに強い相関を示したのは精神科処方薬を使用していることでした。(酒やタバコ、違法ドラッグに関してはそれほど強い相関はありませんでした)
○この結果をどう解釈するべきか?
これらの結果を総合すると、大麻ユーザーの90%は大麻と上手に付き合える一方で、およそ10%のユーザーは依存などの問題を抱えてしまう傾向があるように思われます。さらに、大麻と上手に付き合える90%のユーザーは総じて、大麻を吸わない人よりも幸福度が高いけれど、10%の問題のあるユーザーでは一般より幸福度が低いと言えるでしょう。
この結果は、日本のSNSにおける大麻ユーザーの振る舞いについても説明してくれるように思われます。SNSでは、大麻は人を幸福にするものであると主張される一方で、当該界隈では諍いが絶えません。これも大麻使用者のうち、ヘビーユーザーである1割の幸福度が低いと想定すると、ある意味で説明がつくのではないでしょうか?
この“不幸せな10%“に関して、大麻をやめることで幸福度が上昇するかどうかについては、この研究からは結論は導けません。
我々が行っている日本の大麻使用者を対象とした聞き取り調査では、少なくとも日本においては、社会的に逆境にあるような層の方が大麻に辿り着きやすいという印象を受けています。
実際に今回のブラジルの調査でも、低学歴・低収入の方が大麻使用頻度が高い傾向が示されました。“不幸せな10%“の人々が大麻を止めると、より不遇な状況に陥るという可能性も考えられるでしょう。
本調査で注目すべきは、大麻を使用している人の90%は、非使用者よりも生活の質と人生に対する満足度が高く、不安や抑うつが少なく、ポジティブな気持ちで暮らせているという事実でしょう。
執筆:正高佑志(医師・Green Zone Japan代表理事)
大麻合法国と非合法の国では幸福度は違ってくるのではないかと思います。
食事で例えるとわかりやすいと思います。
緊張しながらの食事は幸福度は下がるし、リラックスしながらの食事は幸福度が高いのは、誰しも経験があるのではないでしょうか?