大麻の循環器への影響の変遷 ー科学はイデオロギーに追従するー

2022.07.19 | 安全性 病気・症状別 | by greenzonejapan
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大麻の循環器への影響の変遷 ー科学はイデオロギーに追従するー
2022.07.19 | 安全性 病気・症状別 | by greenzonejapan

ご存じの通り、COVID-19の流行は医療政策への注目を高めました。
正解がわからない状況で決断を下さなければならない場合に、重要なのは理由が説明可能であることです。(たとえば全国民に布マスクを配るならそれがなぜ3枚でなく2枚なのか、本来は説明できなくてはなりません。)“科学的根拠に基づいた政策決定(EBPM)“とは政治家や行政が主権者である市民に対して説明責任を果たすための最善の手法です。エビデンスに基づいて政策を立案していれば、“XするのはZな根拠が示されているからです“と胸を張って言えるからです。
近年ではこのように、エビデンス→政策という流れがあるべき関係だと考えられていますが、実際にはエビデンスの側が政策やイデオロギーの影響を強く受けていることを私は日々感じています。それが最も実感されるのが大麻と循環器疾患に関する領域です。

大麻の循環器系に対するメリット・デメリットは玉虫色であり、現在も結論は出ていません。タバコと同じように喫煙され、タールなどの有害物質が発生するから悪影響があるはずだという考えにも一理ありますし、一方で大麻を吸うと血圧が下がることから、降圧薬のように疾患予防的に働くはずだという考えは1978年の時点で既に指摘されています。

毒にも薬にもなる可能性が指摘されていながら、近年までの学術報告は“毒“としての側面ばかりにフォーカスが当てられていました。これは学術研究の本場であるアメリカにおける公的研究資金が、大麻の有害性を示すための研究に対してしか支給されなかったからです。つまり政策やイデオロギーに基づいて、研究資金の使い方が決められ、結果的に政策を肯定するようなエビデンスが作られるのです。規制の正当化のために、サイエンスが利用されていると言っても差し支えないかもしれません。
しかしこの有害性の証明に偏った研究傾向が、近年は変わりつつあります。

私が大麻関連の新規論文をチェックする中で目につくのは、“大麻の使用が循環器系疾患を引き起こす明確な根拠はない“という中立的な結論の文献です。その一部は過去にブログ記事として紹介しました。

その他にも2019年のレビュー論文では、“大麻の成分が循環器系に悪影響を示唆する基礎研究や人を対象とした後ろ向き調査の結果は認められるが、前向きの研究では同様の傾向は確認できなかった“と結論されています。

また2021年には、生活習慣領域で最も重要な疫学調査の一つであるアメリカのCARDIA研究に参加した大麻使用者とタバコ喫煙者の動脈硬化指標(IMT)を非喫煙者と比較した解析が行われ、タバコでは動脈硬化が進んでいたが、大麻では影響がなかったことが示されました。これは大麻が脳梗塞や心筋梗塞のリスクとならない可能性を示唆するものです。

さらに同じく2021年、47本の研究論文、2800人を対象としたシステマティックレビュー&メタ解析の結果、大麻使用は頻脈、低血圧、起立性低血圧の増加をもたらすが、心筋梗塞などの心血管イベントの増加とは関連しないことが示されました。

これらの研究結果は、大麻が循環器系に対して恩恵を与えることを示すものではありませんが、少なくとも深刻な害をもたらすことはないことを積極的に示唆するものです。

さらに2021年以降、大麻が心臓に対して保護的に働く可能性についての論文が目立つようになっています。
狭心症の治療薬として有用であった症例報告については、以前記事として紹介しました。

2022年には、先述のCARDIAスタディーの追加解析の結果、大麻の使用が安静時心拍数の低下と関連していることが示されました。これは大麻が心臓への負担を低下させる可能性を示唆するものです。

さらに2022年にはイギリスのバイオバンクというデータベースを利用し、心筋梗塞の患者の大麻使用と赤ワイン飲酒の影響を比較するという研究が行われています。この調査では、大麻の喫煙は、軽度ではありますが赤ワインと同じくらいに心筋梗塞の発生率を低下させるとの結論が得られたのです。(大麻のOR:0.844 赤ワインのOR:0.847)

大麻と赤ワインの効能を比較・検討するというアイデア自体は特に斬新なものではなく、何十年も前から存在したはずです。これが論文として掲載されるようになったのは、2018年にイギリスで医療大麻が国民皆保険内で処方可能となり、2020年に国連が大麻のカテゴリー見直しを行ったことと無関係ではないでしょう。

エビデンスが生まれる背景には、どのような研究が奨励され、どのような研究が抑制されるかという経済構造・イデオロギー・政策の影響があります。エビデンスが足りないから政策が変わらないのではなく、政策が変わらないからエビデンスが存在しないのです。

執筆:正高佑志(医師・Green Zone Japan代表理事)

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