Psychedelic Science 2023 に参加して— Part 2
2023年 6月 21〜23日の3日間にわたってコロラド州デンバーで開催された、MAPS(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)主催による Psychedelic Science 2023 には、300 を超える業者・団体が出展しました。展示会場で見かけた製品やサービスから見えてくるサイケデリックス業界のトレンドをご紹介します。
キノコを売る人々
展示会場にはキノコを栽培するためのキットを売っているブースがたくさんありました。キノコといってもシロシビンを含むものではなく、Functional Mushroom,つまり「機能性キノコ」と言われるものです。(※ デンバーではシロシビンが非犯罪化されたとは言え、販売は禁じられています。)
アメリカではここ数年、日本でも健康食品としておなじみのものが多い薬用キノコの人気が高まっているのです。私も2年ほど前から、MUDWTR という製品を愛飲していますが、これはマサラ・チャイに、ヤマブシタケ(Lion’s mane)、冬虫夏草、カバノアナタケ(Chaga)、霊芝を加えたもの。今年になって競合製品も目にするようになりました。
こうした「機能性キノコ」を添加した CBD 製品も色々あり、CBD と各種ハーブの組み合わせの次は CBD とキノコの組み合わせが流行しそうです。
マイクロドージング——リアルかプラセボか
「マイクロドージング」とは、精神変性作用を持つ物質を、その作用が自覚できないほどの非常な低用量で日常的に摂取することをいいます。日常生活に影響を及ぼすことなく、精神的な症状が徐々に改善されたり、思考が明晰になる、創造性が高まるといった利点があるとする報告を耳にする一方、これを裏付ける科学的なエビデンスはこれまでのところ不足しており、単なるプラセボ効果にすぎないという見解もあります。幻覚剤市場の創生と拡大を目論む企業にとってはマイクロドージングは大歓迎でしょうから、マーケティングの一戦略か? と疑いたくもなります。
その効果についての真偽はともかく、マイクロドージングが、主に幻覚剤を使用したことのある若い人の間で流行していることは事実です。
ファシリテーター養成が急務
オレゴン州で幻覚剤が非犯罪化され、シロシビンを使った治療が合法化されたと言っても、大麻が合法化された場合のようにショップが開店して、成人なら誰もがシロシビンを購入できるようになるわけではありません。シロシビンを合法的に使うには、州によって認可された施設で、ファシリテーションの免許を持つ人の監督のもとに行われるセッションを受けなければなりません。シロシビンに限らず、MDMA にしても LSD にしても、合法化を目指して臨床試験が進行中の幻覚剤はいずれも、細かく設定されたルールに従い、ファシリテーターが存在するところで使用することが想定されていることには変わりありません。
オレゴンで実際にシロシビン・セラピーが受けられるようになる具体的なタイミングはわかっていません。一方オーストラリアでは 2023年 7月 1日から、医師がシロシビンと MDMA を処方できるようになりましたが、こちらもやはり精神科医の監督のもとでの使用に限られ、家庭で使えるわけではありません。
今後、幻覚剤の合法化が各地で進むことが予想されるなか、ファシリテーターのトレーニングが花ざかりで、さまざまな団体が、ファシリテーター養成講座を提供しています。どういうライセンスを取得するのかによっても違いますが、基本的に幻覚剤を使用した治療セッションのファシリテーターになるための講座を受けるには、心理学や精神医学を学んだバックグラウンドが必要な場合が多いようです。
仮に将来、日本で幻覚剤を使った精神疾患の治療が行われるようになるためには、当然ファシリテーターが必要になります。石を投げれば心理療法家に当たる欧米と違い、サイコセラピーが普及しておらず、ファシリテーター候補自体の数が圧倒的に少ない日本では、ファシリテーターの養成が大きな課題となりそうです。
サイケデリックス合法化を包む「使命感」— サイケデリックスは人類を救えるか?
医療大麻関係のカンファレンスには何度も出席したことがありますが、サイケデリックスのカンファレンスに参加するのは初めてでした。会場に流れるバイブがなんとなく大麻関係のカンファレンスのそれと違ったのは、参加者に、精神科医、心理療法家、セラピストなどが多かったせいかもしれません。(「意識高い系」の人が多い、と言うとわかりやすいでしょうか。)基本的に幻覚剤は、人間の意識の探求という文脈で研究されてきたことを考えればそれは当然のことと言えます。
医療大麻合法化活動を始めた当初、アメリカで医療大麻関係者の集まるところに行くたびに、自分は大麻に助けられた、だから今度は、大麻が持つ医療効果やそこから得られる恩恵について多くの人に伝えたい、という使命感に溢れる人が多いことに驚いたものでした。今回のカンファレンスで、サイケデリックスについても同じことを感じました。いえ、むしろ、より強く感じたと言えます。
サイケデリック・セラピーが成功するためには、セット&セッティングが重要である、と良く言われます。また、ファシリテーター自身がサイケデリックスを実際に体験していることも重要とされ、養成講座の必須項目に含めるべきとの議論もあります。今回のカンファレンスでも、登壇者はおそらく、幻覚剤を使った経験がある人がほとんどだったでしょう。幻覚剤によって神秘的な体験をした人、自我(エゴ)を超越して世界との一体感を感じた経験を持つ研究者の「人類を救えるのはサイケデリックスだけかもしれない」という言葉には、ある種の切迫感が感じられます。
サイケデリックスは誰のもの?
サイケデリックス合法化の夜明けを歓迎するお祭りムードに包まれた会場ではありましたが、参加者の中には、そのことに批判的な人がいないわけではありませんでした。
問題の一つは、幻覚剤である物質の一部が、もともとは世界のある地域の先住民族の宗教儀式で用いられ、神聖視されているものであることです。先進国の白人に利用され、自分たちの文化を蹂躙されている、と感じている先住民がいることもまたたしかであり、今回も、カンファレンスのフィナーレに先住民の代表が文字通り「乱入」するという場面がありました。これは今に始まったことではなく、サイケデリックスの合法化をめぐっては常々議論される問題です。MAPS としてもかなり気を使い、アマゾンに暮らすヤワナワ族の首長による基調講演もありましたが、これは今後も業界全体が考えていかなければならない問題でしょう。
また、サイケデリック療法のプロトコルに特許を取ろうという動きも活発です。MAPS はこれには反対の姿勢を取っていますが、大麻業界のグリーンラッシュに続く金の卵を求める投資家たちがサイケデリックスを「自分のもの」にしようという動きは、残念ながら止める術がないように見えます。
幻覚剤を人類の幸福に役立てたいと願う人々と、それを金儲けに利用したい人々。そこにある不協和音もまた、大麻業界と重なる部分です。ペルーのジャングルの奥地で先住民のシャーマンが執り行うアヤワスカの儀式に、今やシリコンバレーの IT 長者や中東の大富豪が自家用ヘリコプターで乗りつけると聞けば、何かが違う、と感じる人がいるのも当然でしょう。こうしたさまざまな課題を、MAPS をはじめとする幻覚剤の支持者がどうやって舵取りしていくのか。次回の Psychedelic Science がいつ開催されるかはわかりませんが、激動するサイケデリック業界の動向を、今後も遠目に見守っていきたいと思います。
文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)
はじめまして。シアトルで臨床心理士をしております。今年に入ってケタミン補助サイコセラピー(KAP)の訓練を受け、幻覚剤を使ったセラピー全般に興味が出てきました。日本では幻覚剤がどのような扱いになっているのか調べているときにこちらのサイトが見つかりました。今年のデンバーのコンフェランスは残念ながら行きそびれましたが、大変わかりやすいリポートをこちらで拝見でき、感謝しております。