サイケデリックスに関する史上最大の祭典:
Psychedelic Science 2023 に参加して— Part 1

2023.07.20 | GZJ 海外動向 | by greenzonejapan
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サイケデリックスに関する史上最大の祭典:
Psychedelic Science 2023 に参加して— Part 1
2023.07.20 | GZJ 海外動向 | by greenzonejapan

2023年6月21〜23日の3日間、コロラド州デンバーで開催された Psychedelic Science 2023 に参加してきました。

欧米ではここ数年、「サイケデリック・ルネッサンス」と呼ばれる現象が起きているということは以前にもお伝えしたとおりです。MDMA、シロシビン、LSD など、1950〜1960年代に精神科領域で治療薬としての研究が進んでいた各種幻覚剤が、規制物質法によって非合法となったのが 1971年。その後も水面下で続いていた研究が、2000年代の半ばから再び活発化し、著名な大学に次々と研究所ができるなど注目を集めています。今月1日にはオーストラリアが、幻覚剤(シロシビンとMDMA)を医師が処方できる世界初の国となるなど、幻覚剤の医療目的での使用を合法化するという動きは世界的な潮流になりつつあります。

その動きを牽引してきたのが、1986年にリック・ドブリンによって設立された非営利団体、MAPS(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)です。設立以来 37年間、一貫して PTSD の治療薬としての MDMA の合法化を目指して研究・許育啓蒙活動を行ない、1992年に着手した臨床試験も第2・第3相の臨床試験の好成績を経て、いよいよ 2024年には FDA が MDMA を承認するものと期待されています。また MAPS は MDMA 以外の幻覚剤や大麻の研究にもその守備範囲を拡大しており、まさにサイケデリックス・ルネッサンスにおける最重要組織と言って間違いありません。

その MAPS が、パンデミックによる3年間の空白を挟み、満を持して開催したのが今回の Psychedelic Science 2023 です。前回の開催は 2017年、参加者は 3,000人でした。6年後の今年、参加者は4倍の 12,000人に膨れ上がり、会場となったコロラド・コンベンションセンターは熱い熱気に包まれました。500名にのぼる登壇者によって 11 の会場で同時進行するレクチャーやパネルディスカッション、300におよぶ展示ブースや本のサイン会、サイケデリックアートの展示会場など、全部を見ることはおよそ不可能で、実際に体験できたのはカンファレンスのごく一部にすぎませんが、印象に残ったことをいくつかハイライトとしてお届けします。

サイケデリックス・ルネッサンスの立役者たちが結集

コロラド・コンベンションセンターは Bellco Theater という 5,000人収容の劇場とつながっており、カンファレンスの基調講演はすべてここで行われました。初日はまず MAPS のリック・ドブリンが、MAPS 創設から今日までの歴史とこれからの展望を熱く語って幕を開けました。

以前、彼があるインタビューに答えて語ったことですが、あるとき彼に訪れたビジョンの中で、サイケデリックスの合法化を推進することが自分の使命であると信じた彼は、1986年に MAPS を創設した当時、自分が生きているうちにサイケデリックスが合法化されることはよもやあるまいと思っていたといいます。そして、自分の行動の価値は「合法化できたかどうか」ではなく「合法化に向かうことそのもの」であるとそのときに心に決めたのだそうです。

「合法化できたかどうか」で自分の行動の価値を測ろうとすると、焦っておかしな行動に走り、かえって逆効果になったりもしがち。(たとえば「Tune In, Drop Out」で有名なティモシー・リアリーは、若者たちには崇拝されましたが、研究者たちに言わせれば、幻覚剤の研究を遅らせることになった張本人です。)今や時の人となって大手メディアからもひっぱりだこのドブリン氏ですが、科学的な研究への注力と巧みな政界への働きかけ(氏はハーバード大学のハーバード・ケネディ・スクールで公共政策に関する博士号を取得しています)にフォーカスした彼のこの実直な姿勢が、サイケデリックス研究が急速に社会に受け入れられつつある背景にあることは間違いありません。

MAPS は、2014年には別会社として公益法人を設立し、サイケデリックスによる精神疾患の治療に人々がアクセスできるようにするためのさまざまな事業を展開しています。

続いて、俗に「マジックマッシュルーム」と呼ばれるものを含め、キノコ(菌類)の研究ならこの人、との定評があり、映画『素晴らしき、きのこの世界』にも登場したポール・スタメッツ氏の講演がありました。

アメリカではすでに、2019年 5月のデンバーを皮切りに、オークランド、サンタクルーズ、シアトル、シカゴ、デトロイトなどでシロシビンの個人栽培・所持・使用・譲渡が非犯罪化されているほか、オレゴン州は州全体でシロシビンが非犯罪化され、医療従事者の監督のもとで行われるシロシビンを使った精神療法が合法化されています。また、幻覚作用はない薬用キノコの数々の人気も急上昇中で、これらは functional mushroom(機能性キノコ)と呼ばれ、さまざまな製品が販売されています。まさにスタメッツ氏の時代の到来です。

若き日のリック・ドブリンを幻覚剤研究の道に導き、長年にわたって彼の師であり続けるスタニスラフ・グロフ博士は、トランスパーソナル心理学の祖の一人であり、LSD を使ったサイケデリック・セラピーの研究が禁じられると、LSD と同様の効果を持つとされるホロトロピック・ブレスワークを考案して数千人の患者にセッションを行なった心理療法界の重鎮です。

カンファレンスには今年御年 92歳のグロフ博士も夫人とともに来場され、基調講演はありませんでしたがいくつものパネルディスカッションに参加されました。本のサイン会には長蛇の列ができていました。

2日めには、2006年に「Psilocybin can occasion mystical-type experiences having substantial and sustained personal meaning and spiritual significance」という、サイケデリック・ルネッサンスのマイルストーンとなった論文を発表した、ジョンズ・ホプキンス大学医学部 Center for Psychedelic and Consciousness Research ディレクターのローランド・グリフィス博士が登壇しました。

サイケデリックスというとカウンターカルチャー的なもの、という印象を持っている人も多いと思いますが、長年の自身の瞑想経験がきっかけで幻覚剤による神秘体験の研究を始めたというグリフィス博士のたたずまいは静謐で、カウンターカルチャーの華々しさ(軽薄さ?)とは程遠いもの。一般人のほか、各種宗教家を対象とした臨床試験を行なって、幻覚剤が引き起こす神秘体験と宗教的思想における神という存在の認識を比較するなど、幻覚剤による変容意識研究の最前線にいらっしゃる方です。

感動的だったのは、講演の最後に博士が自ら大腸がんのステージ4であることを告白されたことです。がん患者の士気喪失に対するサイケデリックス療法を研究してきた自分がこういうことになってみて初めて患者の気持ちがわかった、と深い落ち着きを湛えて話される博士に、会場は静まり返りました。

そして最後に、だからこそ自分は人間の未来に楽天的であり続けたい、そのためにもサイケデリックスの研究を進めようと結ばれ、会場に Join me! と呼びかけた博士は、総立ちの聴衆の割れるような拍手に送られて舞台を去りました。

同じく2日めの午後には、ハーバード大学の生物学部生であった当時からサイケデリックスの研究者たちと深い交流があり、ハーバード大学医学部在籍中にはアメリカで初めてマリファナに関する臨床試験を行い、薬用植物の世界的権威、かつ統合医療界の重鎮として知られるアンドルー・ワイル博士が登壇。大変に興味深いご自身のサイケデリックス体験の数々と、幻覚剤が人間にもたらす恩恵への期待をユーモアたっぷりに語られました。

私は5月にオンラインで博士にインタビューをさせていただいた経緯があり、嬉しい再会となりました。大の親日家で、日本には何十回もいらっしゃっているワイル博士。1977年には、自宅で大麻を栽培した廉で逮捕された芥川耿氏の裁判の証人として証言もされています。今年の秋には再び来日される可能性があり、それが実現すれば是非とも講演などをお願いし、民間医療・植物療法としての大麻が持つ有用性についてお話しいただきたいと思っています。

 

基調講演ではありませんでしたが、サイケデリックス研究界の若き貴公子、ロビン・カーハート=ハリスの講演は、かなり広いレクチャールームが満杯で廊下に人が溢れる大盛況でした。

彼は 1971年薬物乱用法(Misuse of Drugs Act 1971)によってイギリスで麻薬が禁じられて以来初めて、幻覚剤を健康な志願者に投与して、その影響下にある人間の脳の fMRI 画像を撮影した研究で知られ、現在はインペリアル・カレッジ・ロンドン Centre for Psychedelic Research の主任であると同時に、UCSF でも研究を行なっています。

その他にも、『幻覚剤は役に立つのか(原題:How To Change Your Mind)』の著者マイケル・ポーラン氏、薬物の安全性比較研究でおなじみのデヴィッド・ナット博士、薬物政策の大御所イーサン・ネーデルマン氏、MAPS の役員でもある、自然派石鹸 Dr. Bronner’s の代表デイヴィッド・ブロナー氏、サイケデリックアートの大家アレックス・グレイ氏など、錚々たる顔ぶれが勢揃いし、学術会議であると同時にお祭りのようでもある3日間でした。

サイケデリック合法化と大麻合法化が交わるところ

そもそも私自身は、医療大麻に関心を持つよりもサイケデリックスに興味を持ったのが先でしたが、この数年、欧米の医療大麻合法化活動関係者の多くがサイケデリックス研究に関心を寄せているのを目にします。いずれも人間の意識を変容させる作用のある物質、という意味で共通点があるわけですが、医療大麻を突破口にアダルトユーズの合法化が加速した大麻と、精神疾患に対する治療効果を前面に打ち出すことで合法化への道が開けつつあるサイケデリックスには色々な意味で重なるところがあります。

今回のカンファレンスでも、MAPS の資金援助を受けて退役軍人を対象とした大麻の臨床試験を実施中のスー・シスリー博士の発表があったほか、「Lessons from the cannabis industry(大麻業界からの教訓)」と題したパネルディスカッションが行われ、スティーブ・ディアンジェロ氏、アマンダ・レイマン氏、トロイ・デイトン氏が業界を代表して登壇しました。

大麻業界からの教訓は? と訊かれたディアンジェロ氏は、なぜサイケデリックスよりも大麻の方がいまだにスティグマが強いのかわからない、と苦笑いしつつ、大麻の合法化が進むにつれて業界に投資家が集まったのはいいが、大麻の恩恵を多くの人に伝えるという(合法化活動家や “レガシーブランド” の)使命感を共有しない、ビジネスが上手いだけの人も多いことに自分たちは気づかなかった、そういう人に経営を任せて、大麻や幻覚剤が本来持っている役割(ハート)が失われないようにしなければいけないとアドバイス。ディアンジェロ氏とデイトン氏は、大麻企業に特化した投資会社 Arcview Group の創設者でもあり、大麻ビジネスの最先端に身を置いてきた経験からの、実感のこもった言葉です。

またレイマン氏は、「合法化」「医薬品化」によって(心理的に)初めて大麻を手にすることができるようになった層がいることを挙げ、同様に、できるだけ多くの人がサイケデリックスの恩恵にあずかるためには法的な整備が重要であること、また医療大麻の利用者は剤型として喫煙よりもエディブルを主に使っていることを挙げ、市場の拡大・成熟とともに変化する消費者のニーズに柔軟に対応する必要性があることを指摘しました。

大麻とサイケデリックス。この2つの業界は今後、どのように重なり合い、影響しあいながら共存していくのでしょうか。日本にサイケデリックス・ルネッサンスの波はやってくるのでしょうか。注視していきたいと思います。

Part 2 では、展示ブースから読み取れる業界のトレンドをご紹介します。

文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)

 

“サイケデリックスに関する史上最大の祭典:
Psychedelic Science 2023 に参加して— Part 1” への1件のコメント

  1. マツモトサトシ より:

    素晴らしいレポートありがとうございます!
    現地の熱気が伝わりました!!サイケデリックルネッサンスがどう世界に広まって行くかワクワクしながら見守っています。

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