デビッド・ナット博士に訊く:
イギリスの医療大麻制度とサイケデリックス研究 – Part 2

2023.09.24 | サイケデリックス 海外動向 | by greenzonejapan
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デビッド・ナット博士に訊く:
イギリスの医療大麻制度とサイケデリックス研究 – Part 2
2023.09.24 | サイケデリックス 海外動向 | by greenzonejapan

9月7日と8日、第53回日本神経精神薬理学会の年会で講演するために来日された、インペリアル・カレッジ・ロンドンの神経精神薬理学の教授 デビッド・ナット博士に、同じく学会に出席されていた明治大学の蛭川立准教授とともにインタビューさせていただきました。Part 1 ではイギリスの医療大麻制度について、Part 2 ではサイケデリックス研究の現状と今後についてのお話を紹介します。

デビッド・ジョン・ナット(David John Nutt): イギリスの精神科医および神経精神薬理学者で、脳に対して依存症や不安、睡眠のような状態として影響する薬物の研究を専門とする。2009年まで、ブリストル大学で精神薬理学に関する学部の教授。それ以降はインペリアル・カレッジ・ロンドンの神経精神薬理学の教授の座に就いている。そのインペリアルのサイケデリック研究センターの副センター長でもある。ナットはイギリス医薬品安全性委員会(Committee on Safety of Medicines, CSM)のメンバーおよび、英国精神薬理学会(British Association of Psychopharmacology)元会長や欧州神経精神薬理学会European College of Neuropsychopharmacology, ECNP)会長も務める。(ウィキペディアより抜粋)

 薬物の危険性を客観的に評価した論文が有名。

蛭川立: 明治大学情報コミュニケーション学部准教授。国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部客員研究員。専門はコスモロジーの人類学と意識研究の境界領域。東~南アジア、中~南米などで心理人類学的調査を行ってきた。京都大学大学院理学研究科動物学専攻修士課程、東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程修了。お茶の水女子大学発達臨床心理学研究室、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ心理学科などで研究員を歴任。著書に『彼岸の時間――〈意識〉の人類学』( 春秋社)など。


GZJ: 
ではイギリスにおけるサイケデリックス研究について伺います。
蛭川先生が 10年前にロンドンにお住まいだったときは、今のようなサイケデリックス研究は見かけなかったそうですが、これは最近の出来事なわけですね?

ナット: イギリスで研究をしているのはインペリアル・カレッジ・ロンドンとキングス・カレッジ・ロンドンくらいですよ。別にイギリスの国中が変わったわけではありません。まだまだ一部で始まったばかりのことだし、サイケデリックスは違法ですからね。医療大麻のように薬として認められているわけではありませんから。研究をしているだけです。

GZJ: 研究は許されているんですね?

ナット: でなかったら私は刑務所行きですからね。私を刑務所に送りたいと思ってる人もいると思いますが(笑)、彼らを喜ばせるのはしゃくだから法律は破りませんよ。ええ、研究は合法ですが、許可を得るための手続きはものすごく煩雑で大変です。

GZJ: 先生が率いていらっしゃるインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究センターができたのはいつですか?

ナット: この分野の研究は 15年前から行っていますが、資金を得て正式に研究センターが発足したのは5年前です。

GZJ: デンバーでのカンファレンスに参加して、ヨーロッパの研究者とアメリカの研究者が非常に密に連携しているという印象を受けました。

ナット: ええ、狭い世界ですからね。張り合ったりはしませんよ、研究者の数がまだとても少ないですから。アメリカの方が研究者の数は増えています。大きな大学の多くでは、何らかのサイケデリックス研究が行われています。近いうちにイギリスよりアメリカが研究の中心になるでしょう。でも我々はみな、サイケデリックスを医療に使えるようにするという同じ野望を持っているんです。

GZJ: イギリスで急にサイケデリックスに対する関心が高まった理由は何だとお考えですか?

ナット: 我々のような先駆者の存在ですよ。研究をして、その結果を公表した結果です。人間はもともとサイケデリックスに興味がある。そもそもサイケデリックスが禁止されたのは、1960年代にあまりにも関心が高まりすぎたからでしょう。

人はそもそもサイケデリックスに魅了されるんです。その歴史も知っているし、臨床データを見せるとみな興奮します。科学的な研究のデータと臨床データが揃っているというのは、とても強力です。今ではすごく有名な人たちもサイケデリックスのことを口にします。ヘンリー王子がアヤワスカの話をするんですからね。王室の人が使うくらいなら、きっとそれは良いものだとみんな思うわけです。

蛭川: 1950年代、 1960年代には先駆的な研究者がたくさんいましたよね。その方たちは今年齢が 80代、90代に゙なっています。私は1960年代生まれで、その次の世代にあたります。アヤワスカやマジックマッシュルームをかれこれ 20〜30年研究しています。1990年代から 2000年代ぐらいに、メキシコやペルーで体験もしましたが、研究者の間に大きなジェネレーションギャップがあるんですよね。日本では 1950年代、1960年代に京都大学で研究が行われていました。ナット先生の昨日の講演でも1967年に発表された笠原嘉の論文が紹介されていましたが、そのあと研究が途切れてしまいました。後を継ぐ世代がいなくて空白の時代です。イギリスでは研究はずっと途切れず続いていたんですか?

ナット: いえ、イギリスでも途切れていた研究を復活させたんですよ。研究は困難でした。政府に縦を突くことだと見られていて、違法な薬物の研究には資金を提供できないと言うんです。なぜ? と訊くと、違法だからだと言う。論理じゃなくて、単に自分たちの評判を気にしていたんです。私たちの研究のほとんどは、慈善家からの寄付で行われていました。自分で体験したことがあって、その恩恵を感じていた人たちです。でも、政府から資金を得るのは困難でした。これらは危険な薬物である、という政府の主張と完全に矛盾しますからね。

GZJ: MAPS(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)から資金の提供は受けていますか?

ナット: 10年前にほんの少しね。

GZJ: 現在はどこから資金を得ているんですか?

ナット: 慈善家です。それと政府からの研究費も申請はしています。私たちの研究センターは、何人かの裕福な慈善家からの寄付で始まったんですが、それも底をつきつつあります。彼らはアメリカ人なんですが、近年はアメリカにも研究センターができたのでそちらに寄付をするようになって、イギリスには寄付してくれないんですよ、悲しいことにね。だから今はイギリスで慈善家を探していますが、もうすぐまた政府から資金を得られるようになると思います。私たちはかなりインパクトのある研究をしたし、サイケデリックスの医療利用のニーズは大きいですからね。

そろそろ資金を提供してもいい頃だとみなが思い始めていると思います。特に、アメリカで研究が盛んになっていますし、出し抜かれるわけには行きませんからね。すでに我々のアイデアが盗まれているし、負けるわけにいきませんよ(笑)。

蛭川: とにかく、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究センターができたのがたった5年前だというのは驚きです。10年前、イギリスでサイケデリックス関連のコンベンションと言えば、2年に1回、デヴィッド・ルークが開催している Breaking Convention だけでしたよね。彼は人類学者で、メキシコでペヨーテを研究していましたから、私は彼とは友人なんですよ。でもその頃ロンドンでは、サイケデリックスを研究している心理学者や精神科医は見つかりませんでした。

ナット: ほとんどいませんでしたね。私たちと、キングス・カレッジ・ロンドンのジェームズ・ラッカーくらいだったかな。イギリス全体で、研究者はとても少なかった。もっと増やさないとね。去年最初の臨床試験結果を発表した COMPASS Pathway は、他にもイギリスの研究センターを一つか二つ使っているのではないかな。一つはニューキャッスルにある。でもイギリスには経験のある研究者はとても少ないんです。

GZJ: 昨日の講演で、ケタミンによるうつ病治療の手法を説明されていました。2回の準備セッションがあって、ケタミンの投与があって、その後に統合のためのセッションがあると。それが治療の手順のモデルなのでしょうか?

ナット: そうなるべきだと思いますね。それをしないと大きな問題が起きる危険性があります。準備も必要だし、ケタミン投与のセッション中は患者に付いている必要があるし、統合をきちんとしないのは倫理的に問題です。だから4回のセッションは最低限必要です。その要件は満たさないといけません。

GZJ: シロシビンなどの使用に関して「ミニドーズ」という言葉を使っていらっしゃいましたが、今よく聞くのは「マイクロドーズ」ですね。

ナット: ええ、違いを説明しましょう。サイケデリックスのドージング(用量)には4種類あります。まず、「マクロドーズ」がいわゆるトリップが起きる用量です。それから「ミディドーズ」。効果は感じますが幻覚は見ない用量です。「ミニドーズ」というのは私がつくった言葉で、摂取したという感覚はあるが効果は強くありません。そして「マイクロドーズ」というのは、摂ったかどうか自分でもわからないくらいの用量のことです。

GZJ: なるほど、面白いですね。先日アメリカで会った人が、3グラムのマッシュルームを摂る前に 150ミリグラムを4日間、準備のために摂るのだと言っていました。セッションの後も、1か月くらいそれを続けるそうです。

ナット: 150ミリグラムというのは 3グラムの 1/20 ですから、私の分類でいうと「ミニドーズ」です。

GZJ: そうすることで、概して気分が改善すると言っていましたね。

ナット: そうでしょうね。そして、メインのセッションのあとに少量を摂り続けるのはいいアイデアですね。

GZJ: 先生の臨床試験で使われたのは合成シロシビンですか?

ナット: そうです。

GZJ: それはなぜなのでしょう?

ナット: それが純粋なシロシビンで、他のものは含まれていないということがはっきりしているからです。マッシュルームには他にどんな成分が含まれているか、データがありませんから。

GZJ: サイケデリックスには医療大麻と重なるところがとても多いですよね。

ナット: そのとおりです。

GZJ: 大麻のフルスペクトラムと同じように、マッシュルーム全部を使ったらどうなんでしょう。

ナット: やってみてもいいと思いますね。その方が良い結果が得られる可能性はあると思いますよ。ただ、それを比較するのはとても難しい。医療大麻の場合、てんかんの子どもを持つ親御さんが比較研究をして、フルスペクトラムの方が効果があることを示せたのは幸運だったと思います。

てんかんの場合、効果を具体的に測ることが可能です。発作の数とかね。シロシビンの効果についてフルスペクトラムと純粋なシロシビンを比較しようにも、何を測定すればいいかわからない。

GZJ: クロマトグラフィーによるマッシュルームの全成分の分析も始まっていますよね。

ナット: ええ、どんな成分が含まれているかを分析することはできると思いますよ。でも、そのうちのどれが奏効するのかはわからない。医療大麻だって、まだ本当にはわかっていないわけでしょう、どのテルペン、どのカンナビノイドが効いているのか。だから、分析ができても役に立たないと思いますね。必要なのは臨床的な測定基準です。合成ではなくてマッシュルームから抽出したものの方が優れているということを示せる臨床的尺度です。それが睡眠なのか気分なのか、わかりませんが。ただ、理屈ではその方が良さそうだは思いますよね、アントラージュ効果があるというのは納得できる。

GZJ: 興味深いですね。

蛭川: 一つ伺いたいんですが。精神科医は、自分ではサイケデリックスを使いたがらない人が多いんです。なぜかと尋ねると、医者が抗うつ薬を飲む必要なんかない、と言うんですが、どうなんでしょう?

ナット: そう、それは議論の余地がありますね。まあ、処方するからと言ってその薬を自分でも摂れと強制することはできません。体験するよう促すことはできても、強制はすべきではないでしょう。それにサイケデリックスは今はまだ違法薬物ですからね。医師免許を失いかねない。イギリス議会は、アヤワスカを飲んだと言ってヘンリー王子を起訴しようとしたくらいですから。合法国で摂ったにもかかわらずです。キャリアを失いかねないことを人に強要するわけにはいきません。

蛭川: 「勧める」のはいいわけですね。

ナット: イギリスには、オランダでリトリートに参加してサイケデリックスを体験する医師やセラピストがいます。それは合法です。でもイギリス国内でそれをすれば違法ですから、医師の資格を失う可能性があります。

蛭川: サイケデリックスを使った治療においては、その体験を理解できるセラピストを育てることが重要だと思うんです。自分が体験したことがなければ、セッション中に患者さんを適切にガイドできないのではないでしょうか。

ナット: ガイドする必要はあまりないんですよ。患者さんは自分で自分をガイドするんです。私たちはそばにいて、患者さんが(トリップから)戻ってきたらそれを受け止め、その後、体験を振り返るのに手を貸すだけです。セッション中はあまり関与しません。アヤワスカの儀式ほど深くはね。患者さんには、その人が行くべきところに行くよう励まします。行きたいところと言うより行くべきところです。そこに行きたがらない人が多いんですが、私たちは、その人が行くのを拒んできたところに行くよう促すんです。

屋外でセッションをしたがる人もいますが、それはリスクが大きいですし、付き添う人が2人は必要です。特に初心者にはお勧めしません。臨床試験は必ず室内で行います。

ロンドンには私たちのケタミン療法クリニックもあって、7床あるんですが、患者さんは多くありません。プライベート診療になるし、開業している心理療法家は自分の患者を失いたくないからそちらに患者を送ったりはしませんからね。ですから私たちは、ケタミン療法の対費用効果を NHS(National Health Service、国民健康保険制度) に納得させるための臨床データをこのクリニックで少しずつ集め、ケタミン療法を NHS に取り入れるよう働きかけているところです。

GZJ: なるほど。今日は大変興味深いお話を色々とどうもありがとうございました。

Part 1 はこちらから

文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)

 

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