“薬物依存“という言葉は、一般的に大麻や覚せい剤などの違法薬物の使用を惹起しますが、実際に臨床現場でよく見かけるのはコデインなどの咳止め薬、そして病院で処方されるベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬です。
“デパス“、“ハルシオン“、“ソラナックス“、“ワイパックス“、“メイラックス“などの商標名で販売される一連の薬剤は、脳のベンゾジアゼピン受容体に作用することで、主にGABAの神経伝達を亢進させて催眠・鎮静作用をもたらします。また、脳の活動を抑えることで抗不安作用や抗けいれん作用などもあらわし、睡眠障害の他、けいれん発作の予防薬や麻酔前投与薬などとして使用されます。(マイスリーやアモバンなどの非ベンゾと呼ばれる薬剤も、作用機序としては同じであり本稿ではベンゾに分類します)
これらのベンゾは非常に使い勝手の良い薬です。というのは誰であっても、初日から精神作用を実感することができるからです。臨床現場では、不眠の訴えは頻繁に遭遇しますし、原因がよくわからない訴え(不定愁訴)に対しても、ベンゾは対処療法として機能し得ます。“困ったらとりあえずベンゾ“というのは、短期的には医師と患者の双方にとって問題を先送りするための選択肢として役立つのは間違いありません。
しかし概してよく効く薬というのは双刃の剣であり、ベンゾにも負の側面があります。一つ目が耐性がつきやすいということです。最初は1錠で眠れたのが、徐々に量が増えてくるというのはよくある話です。またやめづらいのが困りどころです。ベンゾには離脱症状が伴うので、急に止めると眠れなくなるなどの問題が発生します。実際にベンゾの定期処方を受けている患者さんは、薬が切れると確実に病院に受診されます。こうして漫然と処方量が増えていくことで、日中からなんとなくぼーっとした印象を与える“ベンゾ漬け“の患者さんが生まれます。
こうなるとそもそもの原疾患と薬剤のどちらが悪さをしているのか、評価するのは非常に困難となります。主治医以外の医師は介入することを忌避しますし、主治医は“共犯“なので、残念ながら問題の解決には役に立ちません。
ベンゾの危険性については、イギリスなどでは宗教団体やメディアの啓発で広く周知されていますが(例:1991年にハルシオンはイギリスで販売停止になっています)、大麻問題と同じく日本とは情報のギャップが発生しています。そのため日本は先進国の中ではベンゾの処方量が最も多い国で、成人の20人に1人がベンゾを服用しています。
近年、都市部では断薬・減薬目的を標榜した精神科や心療内科の存在が目立つようになりましたが、これらのクリニックは主にベンゾ系薬剤の断薬を主な治療対象としているのではないかと思います。実際にベンゾを止めるためには、少量づつ減らしていくのが原則であり、加えて認知行動療法などの併用が行われますが、その他の害が少ない薬剤に切り替えていくのも選択肢です。合法地域では大麻もまた活用されています。
2023年12月に”Journal of affective disorders reports“に掲載された論文によると、ペンシルバニア州(※医療大麻は合法)で不安とPTSDに医療大麻を使用する108名の前向き観察研究で、大麻使用開始から3ヶ月で不安のスコアが11.2→7.4へ改善し、それに伴い特にベンゾの服用量が減少したとのことです。
大麻とベンゾの健康上の安全性比較については決着はついていませんが、2018年に BMJ open に掲載されたオーストラリアの家庭医へのアンケート調査では、大麻とベンゾ系でどちらがより安全と感じるか? という質問に、“大麻の方が安全“と回答した医師の方が3倍多いという結果でした。
日本国内においても、ベンゾの断薬に伴う離脱症状を大麻使用によって緩和し断薬に成功したという体験談が我々の運営する聞き取り調査プロジェクトには寄せられています。
またベンゾが処方される症状の大半(不安、不眠、けいれん、不定愁訴 etc)は、CBDの適応症と重複しています。ベンゾと異なり、CBDは全ての人に効果があるわけではなく、また効果を実感するのにある程度の継続を必要としますが、上手に活用すればベンゾから抜け出すための一助となり得るでしょう。
実際に使用する場合には、50mg/day程度の少量を併用するところから開始し、漸増しながら目的とする症状の緩和が得られたら、今度はベンゾを少しづつ減らしていくのが望ましいと考えます。
執筆:正高佑志(医師・Green Zone Japan代表理事)
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