パブリックコメントに対する整理と論考

2024.06.11 | 国内動向 大麻・CBDの科学 | by greenzonejapan
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パブリックコメントに対する整理と論考
2024.06.11 | 国内動向 大麻・CBDの科学 | by greenzonejapan

2024年5月30日、大麻取締法改正にあたり、厚生労働省監視指導麻薬対策課がパブリックコメントの募集を開始しました。

パブリックコメントとは、「意見公募」のことであり、行政機関が政令、省令などを制定する際、事前に命令等の案を公示し、その案について広く一般から意見や情報を募集する仕組みです。パブリックコメント制度で意見を募集した場合、行政機関は結果を公示する義務が生じます。意見が寄せられた場合は、それについてどのように考慮されたのか、実際の命令等にどう反映されたのか、あるいはなぜされなかったのかを、明らかにしなければなりません。結果の公示は、命令等の公示と同時期に行われるのが、原則です。

今回の法改正に関しては、5つのセクション(35~39番)に分けてパブコメ募集が始まりました。それらの内容を確認しましたが、多くの人に影響があるのは以下の36番でしょう。THCのゼロ基準などの内容を含むためです。

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCM1031_CLS&id=495240036&Mode=0

・現時点で記載されている内容

現時点で、“農作物としてのゼロ基準“と“最終製品としてのゼロ基準“の二種類のゼロ基準が制定されることが検討されています。後者はさらに3つに区分されます。
規制の事前評価書1では、農作物としての大麻のゼロ基準は政令で0.3%とすることが示されました。
規制の事前評価書2では、最終製品に関してのゼロ基準は、重量比で①オイル(10mg/kg=0.001%=10ppm)、②飲料 (0.10mg/kg=0.00001%=0.1ppm) 、③その他(食品など)(1mg/kg=0.0001%=1ppm)が予定されています。
規制の事前評価書3では、Δ9-THCA並びにΔ8-THCAが新たに麻薬に追加されることが検討されています。(現時点でΔ9-THC、Δ8-THCなどは既に麻薬指定されているが前駆体であるTHCAに関しては記載がありませんでした。)
別紙では、最終製品のゼロ基準をそれぞれ10ppm、0.1ppm、1ppmとした根拠が説明されています。それによると欧州食品安全機関が提案する急性参照用量(1μg/kg)を基準に、体重50kgの人が一回に摂取する量を概算した結果、食用オイル(Vapeリキッド)が10ppm、ドリンクが0.1ppm、その他の食品(菓子を想定)が1ppmと規定されました。またCBD原料(アイソレート、ディスティレート)もその他に区分され、1ppmキャップが適用されるようです。

・個人的な見解/疑問点と問題点

農作物としての基準=0.3%について
これはUSの現行基準と一致しており、諸外国とも大差はありません(0.2~1.0%程度)。現時点での国際基準と大きな齟齬はなく妥当な提案ではないかと個人的には考えます。

②THCAの麻薬指定に関しても、THCが麻薬に分類される事が決定している以上は妥当な判断ではないかと考えられます。(THCAは簡単に酸化してTHCに変化します)

③最終製品のゼロ基準値は現時点でのゼロ基準と比較し、極めて厳格な数字が提案されています。改正前時点では0.02%=200ppmを検出限界とする検査結果で製品の輸入が許可された例が報告されていますので、改定案はこれまでの200倍厳しい基準へと変更されることになります。
CBD議連に対して厚労省が説明した資料では、オイル、飲料、食品に分類するのはドイツの方法を模倣したようですが、ドイツでは先日嗜好品としての大麻が合法化された事は記憶に新しいところです。(アメリカ合衆国をはじめとした多くの国と地域では、ヘンプから製造された最終製品に対する基準値というのは存在しません。結果的に抜け穴となっている事がそれはそれで問題視されていますが…)

④原料に対するゼロ基準値の問題
おそらく最大の問題点は、CBD原料に関しての基準値が提示されていない点です。CBDオイルや化粧品を国内で製造する場合、CBDの結晶や濃縮オイルの形で輸入するのが一般的です。ゼロ基準値は総重量に対する比率で設定されていますので、カンナビノイドが濃縮されている原料においては、極めて微量に含まれるTHC量も相対的に高くなることになります。今回の規制では商品区分としての“原料“がないため、消去法的に原料のゼロ基準は1ppmになることが想定されますが、これは実現が極めて難しい値になります。(現時点で国内に輸入されている原料の成分分析表を確認しましたが、1ppmをクリアできているのはCBDアイソレートに関して2カ所だけでした。欧州原料に関しては10ppm、北米については20-80ppm程度が一般的で、一番高いものでは300ppm(0.03%)以下をゼロとした分析表での通関が確認されました)

原料を希釈して作られる最終製品であるオイルのゼロ基準が10ppmであるのに対して、それよりも理論上濃縮されている原料のゼロ基準が逆に厳しい1ppmというのは、制度上の矛盾です。

⑤新基準達成のためのコストと失われるもの
基本的に、THCを極めて厳格にゼロに近づけるということは、その他のカンナビノイドやテルペンも失われることを意味します。特殊な製法を用いることで、THCだけを選択的に除去することは理論上は可能なようですが、1ppm基準をクリアするブロードスペクトラム製品を作れる企業は極めて限定され、またそのためのコストも非常に高くなるでしょう。経済的に採算のあう選択肢として、ブロードスペクトラムCBD製品が存在し続けられるかどうか、現時点では不透明です。

⑥1ppm基準に対する検査とそのコストの問題
製品の製造問題に加えて、検査機関にも影響は及びます。1ppmという超微量なTHCを検出するためには、従来と異なった検査機械・プロセスを経る必要があります。対応できる検査機関は限定され、当然ですがその費用は高騰します。全てのプロセスでこの細かい検査が要求されるとしたら、検査代金の負担は相当なものとなり、価格は最終製品に転化されます。また検査感度を上げる(細かいTHCまで検出する)ということは、宿命的に偽陽性も増えます。検査の間違いで本来含まれていないTHCが誤検出されることが高頻度に起き得るということです。THCを麻薬としている以上、合法・違法と結び付いてくるのが非常に厄介な点です。

⑦自然変性・熱変性の問題
さらに厄介なのは、CBDは極めて低い割合でTHCへと変性することです。これは体感や精神作用を与えるレベルではなく、一般的な使用において問題となることはありませんが、今回のように1ppmという極めて厳密な基準でカットオフを引くなら場、合法違法を左右することに直結します。CBD製品を車内に放置すること、また仕入れた在庫を倉庫に置いておくことで、貴方は自覚なく犯罪者となっているかもしれないのです。これは特に製造販売に従事する企業にとっては死活問題です。

・厳しくすることのメリット・デメリットは?

その他に現行案のデメリットとメリットについて、考えられるところを列挙します。

①他国との互換性について
欧米諸国と1000倍の閾値差を設定すると製品の並行輸入は難しくなり、これはCBD製品の価格を高止まりさせる要因となるでしょう。一方で検査の必要性は高まるので国内外の検査企業・認証団体にとっては商業的なチャンスとなります。

②製品多様性の減少と薬効の低下
大麻製品の特徴は多様性にあります。THC基準の厳格化は製品を均質化し、アントラージュ効果を喪失させる方向に働きます。健康維持目的のユーザーにとって、法改正後も同じような恩恵を受け続けられるかは不明です。実際にCBDアイソレートではてんかんの発作が抑制できず、ブロードスペクトラム製品によってのみ何とか体調を維持している方は存在します。これらの方にとって今回の制度変更は死活問題となるでしょう。
一方で厳格な基準を満たすことができる高純度のカンナビノイドを精製できる企業にとっては市場拡大のチャンスとなり得るでしょう。

③コンタミネーションと取り締まり
現行案が実現されると仮定すると、どれだけ大量に摂取しても尿検査からTHC代謝物がコンタミネーションで検出される可能性はなくなるでしょう。これは大麻使用罪の運用を容易にします。

④市場の縮小とブラックマーケット化
このような数々の困難から、CBD市場は急速に縮小していくことが見込まれます。特に大手企業にとってはTHCコンタミネーションの基準が厳格化することで、参入のリスクが高まるように思われます。とはいえ、国際的なカンナビノイド市場の盛り上がりは続くため、今後予想されることは、偽の成分分析表などを活用した製品輸入と、個人企業によるメルカリなどを活用した小売への移行ではないかと予想します。

・どのように改編されるべきか?
今回の厚労省提案を、では具体的にどのように書き換えるかという問いに対しては当然正解はありません。最もリベラルな形だと、農作物としての0.3%(3,000ppm)という基準だけを残し、製品基準を設定しないというやり方が考えられます。
次に緩やかな方向性としては、何らかの最終製品基準は設けるけれど、その数字を運営可能なレベルまで引き上げるというものです。これは“現状維持“を意味します。実際に製品を製造販売している某企業からは、製品を維持するための“最低限“のラインとして30ppmという数字が提案されました。
行政が提案した数字を撤回するのが苦手であることを考慮した現実案としては、現在のオイル、飲料、その他に加えて、原料という4つ目の区分を追加することです。そしてその値は200ppm以上であるべきだと考えます。

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36番以外のパブリックコメントについて

35番:大麻草の栽培の規制に関する法律施行令案に関する御意見の募集について

こちらは大麻を研究目的に栽培する人は“厚労大臣“が発行する“研究栽培者免許“を取得する必要があるという内容の法案になります。個人的には特にコメントは思いつきませんでした。

37番:「大麻由来製品に含まれるΔ9-THC の標準的な分析法(案)」に関する御意見の募集について

こちらはTHCの有無を測定する際の測り方についての定義です。これは実際に検査を行なっている立場にある人にしか判断できないため、コメントは控えさせて頂きます。

38番:1種栽培免許について

新制度では従来の大麻栽培免許は1種と2種に区分されることになります。2種は医薬品の製造目的の免許(厚労省管轄)で、それ以外は1種(都道府県管轄)となります。38番では県が行う1種免許の審査基準について書かれています。概要を箇条書きでまとめます。

・栽培した大麻の用途・販売先があらかじめ決まっていること
・低THC品種であることを確認・保証すること
・交雑を防止する対策をすること
・盗難防止・管理対策を行うが度が過ぎた要求はしないこと(柵は不要)
・免許を受けたものは大麻の乱用を助長するような宣伝広告はしないこと

雑感:1種免許の審査は都道府県の薬務課の担当となるため、国としては審査基準を提示するのが仕事となります。要点は“作り始める前に販路を決めろ“というところでしょうか。これがどれくらいのハードルなのかは判別しかねますが、CBDの製造などに関しては、全量買い上げの契約はクリアできる気がします。

39番:「第二種大麻草採取栽培者免許申請の審査に当たっての考え方(案)」及び「大麻草研究栽培者免許申請の審査に当たっての考え方(案)」に関する御意見の募集について

こちらは厚労省が発行する2種栽培免許、および研究栽培免許の審査基準について書かれています。それぞれの要点を箇条書きでまとめます

2種栽培免許
・具体的な用途・販売先が決まっていること
・原則として屋内で監視カメラをつけて栽培すること
・盗難防止・管理対策をしっかりと行うこと
・免許を受けたものは大麻の乱用を助長するような宣伝広告はしないこと

研究栽培免許

・研究目的がしっかりしていること
・研究機関に所属しているなど、研究実績があること
・研究成果が出ない場合は剥奪の可能性あり(国の機関は例外)
・屋内外は問わないが盗難対策などは行うこと
・免許を受けたものは大麻の乱用を助長するような宣伝広告はしないこと

雑感:2種に関しては、現時点で販路が決まっているものは作れないため現実的な発行はなさそうな印象を受けます。医薬品の開発を希望する場合は研究栽培免許を取得することになりますが、新設の企業などには簡単には許可されないでしょう。どちらかというと大学や警察、科捜研などの人々に向けたライセンス制度という印象を受けます。

執筆:正高佑志(医師・ Green Zone Japan代表理事)

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