網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)は、網膜の視細胞が徐々に障害される進行性の遺伝性疾患です。主に暗所での視力や視野の広さに関与する細胞が影響を受け、夜盲(暗い場所での視力低下)や視野狭窄(周辺視野の縮小)といった症状が現れます。進行すると、中心視力や色覚に関与する細胞も障害され、視力低下や色覚異常を引き起こします。発症年齢は個人差がありますが、20代から40代で症状が現れることが多いとされています。日本では指定難病に該当しており、国内に2万人以上の患者さんがおられます。この病気の進行を予防する確立された治療法は存在せず、国内における失明原因の上位に入る病気です。(iPS細胞の臨床応用が期待されている領域であり、実際に国内でも移植手術が試験的に行われていますが、一般化にはしばらく時間かかりそうです)
若年者が罹患する病気であり、かつ難治であることから患者の中には医療大麻を使用する方がおられるようで、2016年にサンフランシスコの放射線科医であるステファン・アーノン医師は網膜色素変性症を患う37歳の男性が大麻によって関連症状が緩和され、患者は視力低下の進行が遅くなったと自覚したと報告しています。
症状:視力低下、頭痛、うつ
病歴および主訴:37歳の博士号取得者で大学の研究員は、14歳の時に網膜色素変性症(RP)と診断された。進行性の視力低下、頭痛、うつ病、不眠症を経験していた。
治療歴: 抗酸化ビタミンの補給は効果なし。 連続電気網膜症(ERG)は、光の点滅が網膜にさらなる損傷を与えると考え、また「眼科医は自分のコレクションのために写真が欲しいだけだ」という理由で中止した。 視野狭窄の進行を補うために、眼鏡の処方は毎年見直されている。 心理療法では気分に著しい改善は見られなかった。
大麻に対する臨床反応:ストレスが軽減し、気分、頭痛、不眠症がすべて大麻の使用により改善した。
大麻が網膜色素変性症の病状進行を遅らせる可能性については、動物実験でも有望な結果が得られています。2014年にスペインのアリカンテ大学の研究者が行った動物実験では、網膜色素変性症を持つラットに合成THCを投与した結果、未治療のラットと比較して光受容体の保存が40%増加しました。また、治療を受けたラットは、光受容体とそれに続くニューロンとの接続性の改善も示しました。
これらの知見を受けて、人を対象とした臨床試験も開始されているようです。イスラエルのヘブライ大学ハダサ医療センターでは、2018年から健常者と網膜色素変性症患者を対象とした大麻舌下製剤(THC:CBD 1:1、THC 5mg、またはTHC:CBD 1:40、THC 5mg)の安全性試験が実施されているようです。(結果については公開されていません)
個人的な見解としては、同疾患に対して医療大麻が根本治療になることは考えづらいですが、様々な随伴症状の緩和や病状進行の緩和に役立つ可能性はあり得ると思います。
執筆:正高佑志(医師・Green Zone Japan代表理事)
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