円形脱毛症(Alopecia Areata)は突然、円形に髪の毛が抜けてしまう疾患です。この疾患は近年では自己免疫の関与で発症すると考えられています。自らの免疫が毛母細胞を攻撃するようになってしまうのです。発症の引き金として、疲労、ウイルス感染、ワクチン接種、出産、精神的・身体的ストレスなどの環境因子が考えられますが、明確な誘因が特定できない場合も少なくありません。また、アトピー性皮膚炎や甲状腺疾患、尋常性白斑などのその他の自己免疫疾患を合併することも知られています。疫学的には、性別や年齢を問わず発症し、皮膚科を受診する脱毛症の中で最も頻度が高い疾患とされています。治療法としては、ステロイド外用薬や局所免疫療法、光線療法などが一般的に行われていますが、治療効果は脱毛の範囲や型によって大きく異なります。特に、全頭型や汎発型などの重症例では、標準的な治療に対する反応が低く、治療が難航することが知られています。具体的には、多発型の患者に対する局所免疫療法の有効率は70~80%と高い一方、全頭型や汎発型では10%以下と報告されています。 このように重症度が高い症例ほど標準治療に対する反応が乏しく、難治となる割合が高いとされています。
男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)は、思春期以降に額の生え際や頭頂部の髪が徐々に薄くなる進行性の脱毛症です。日本人男性の約30%がAGAに悩んでおり、早ければ20代後半から症状が現れることがあります。 主な原因は、男性ホルモンであるテストステロンが5αリダクターゼという酵素と結合して生成されるジヒドロテストステロン(DHT)です。 ヘアサイクル(毛周期)は、髪の毛が生え始めてから抜け落ちるまでの周期を指し、通常「成長期」「退行期」「休止期」の3つの段階で構成されています。健康なヘアサイクルでは、成長期が2~6年続き、髪の毛は太く長く成長します。しかし、AGA(男性型脱毛症)では、この成長期が短縮され、髪の毛が十分に成長しないまま抜け落ちてしまいます。これは、DHTが毛母細胞の分裂を抑制し、成長期を短縮させるためです。その結果、髪の毛が細く短くなり、抜けやすくなることで、薄毛が進行します。AGAの進行を抑制するためには、ヘアサイクルの乱れを改善し、成長期を正常な長さに戻すことが重要です。 治療法としては、DHTの生成を抑制するフィナステリドやデュタステリドの内服薬、血行を促進し発毛を促すミノキシジルの外用薬などがあり、症状の進行度や個人の状況に応じて選択されます。
全身の組織の例に漏れず、毛髪の生育過程(ヘアサイクル)にもエンドカンナビノイドシステムは関与しています。これまでの基礎研究の結果、CB1受容体、TRPV1受容体、TRPV4受容体の作動薬は脱毛を促進する可能性がある一方で、CB1受容体の拮抗薬は毛髪育成を促進する可能性が指摘されています。
参考:https://www.researchgate.net/publication/364102777_A_Cannabinoid_Hairy-Tale_Hair_Loss_or_Hair_Gain
これらの知見が示唆することは、カンナビノイドは上手に使うことで育毛剤として活用できるかもしれないということであり、実際に臨床応用の結果や人を対象とした研究結果がここ数年で報告されつつあります。
2023年ポルトガル皮膚科・性病学ジャーナルに円形脱毛症に大麻喫煙が有効であった症例が報告されています。著者はサウジアラビアのメディナにあるタイバ大学医学部の精神医学科に所属しています。この症例報告に登場する患者は、15歳の少女で全身の毛が抜ける汎発性脱毛症(円形脱毛症の重症な例)と診断されていました。また軽度の知的障害、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、社会不安も合併していました。9歳の時に脱毛症と診断され、複数回ステロイド治療(局所、全身投与)を受けましたが効果がありませんでした。彼女は15歳の頃に大麻を週に1〜2回の頻度で6ヶ月間喫煙しました。(使用した大麻の詳細や使用量については報告されていません)すると大麻使用に伴い、不安が和らぎ睡眠の改善が自覚されました。また大麻の使用後から頭皮の毛髪が再生し始めたとのことです。(眉毛や体毛には効果がありませんでした)髪が生え始めたことで、彼女は自分の外見に自信を持ち、髪を隠すことなく社会活動に参加できるようになりました。
2022年にはアメリカの研究チームが国内の円形脱毛症患者を対象としたオンライン横断調査を実施しています。研究の目的は、円形脱毛症患者における大麻の使用状況を明らかにすることであり、具体的には以下の3点について質問がなされました。
1:円形脱毛症患者における大麻の使用経験
2:大麻を使用する理由
3:大麻が円形脱毛症関連の症状に与える影響
1,087人の参加者がアンケートに回答しその結果、65.9%が過去に大麻を使用した経験があり、51.8%が現在も使用していることが明らかになりました。
現在の大麻使用者の主な使用理由は、円形脱毛症に関連する症状の緩和(55.7%)と娯楽目的(55.2%)でした。大麻の使用は、特にストレス(73.1%)や不安、悲しみ、うつ病(65.6%)の症状の改善に効果があると認識されていました。一方で回答者の80.4%は大麻が脱毛に影響を与えないと回答しています。この研究結果から、円形脱毛症患者の間で大麻の使用が一般的であり、その主な目的は脱毛による精神的な苦痛を軽減することであることが示唆されました。
一方でAGAに対してはCBDを用いた臨床応用の結果が報告されつつあります。
2021年にフロリダ州の研究者2名がAGA患者35名に対してCBDの塗布剤を使用したケースシリーズを報告しています。対象となったのは男性28人、女性7人で全員が白人でした。年齢分布は女性:が46-76歳 (平均61歳)男性が 28-72歳 (平均43歳)であり、全員がAGAの重症度スコアで”中等度”に分類されていました。使用されたのはCBDリッチなヘンプ軟膏であり、高CBD品種の大麻草花穂(CBD:10.78%、THC:0.21%)を微粉末にしたものをラノリン(羊から採取されるグリース状の油脂)とエミューオイル(オーストラリアに生息する鳥類の一種でアボリジニーの伝統薬としても活用)で希釈し作られました。完成した製剤には57gあたり108mgのCBDが含有されていました。(0.2%のCBD軟膏)
患者は1日1回、薄く禿げている部分または薄毛の部分に塗布するよう指示され、1日あたりのCBD投与量は約3-4mg程度と考えられました。治療開始前と6ヶ月後に、脱毛が最も大きい領域の毛髪数を測定し、効果を評価しました。すると全体として、+93.5%の毛髪数増加が認められました。男性の方が女性よりも効果が高く、側頭部よりも頭頂部の方が効果が高い傾向がありました。このケースシリーズは、AGAに対するCBDリッチヘンプオイルの潜在的な治療効果を示唆しています。CBDはさらにミノキシジルやフィナステリドなどの標準治療との併用により、相乗効果を発揮する可能性があります。今後の研究で、CBD、THCV、CBDVを豊富に含むヘンプ抽出物の効果や、ミノキシジルとの比較試験などが計画されています。
脱毛症に対する社会的なニーズは非常に大きいことを考慮すると、今後更なる研究が行われるのは間違いないでしょう。
執筆:正高佑志(医師・Green Zone Japan代表理事)
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